(12/31)今年も大晦日はイクスピアリで!!

今年も大晦日はデズニーランドの花火を「タダ見」するためにイクスピアリへ行ってきました。年々混雑も増す傾向にあり昨年は駐車券を精算するのに数十分、それから駐車場を出るのに数十分・・・帰り道はデズニー渋滞でさらに数十分と言うヒドイ状況でしたので、今年は私が車で奥さん達を送って家に戻り、バイクで合流するという作戦で行きました。

まぁ大変ですけど、帰りは予想通りヒドイ渋滞で、まずは作戦成功です。

なーんか、クリスマスも年末も実感がありませんがとりあえず アラマントニュース2002年版これにて「完」


(12/28)ザ・バトロイドファイトFX!!

今日は、18:00からのサバイバーパンクスの5TH ライブへ行ってきました。
17:30に江古田駅前で秋山君と合流、たぶん上演は3時間ぐらいじゃないかと言うことで軽く食事をとり、ライブの行われるシアターへ行きました。
この江古田、以前「誘拐映画社」の定例上映会に通っていたことがあり何度か来たことがありましたが、駅前にミニシアターとは浦安と違って文化都市です。
さて、公演の方ですがサバイバーならではの展開とスケールのでかさでリピーターも満足の仕上がりとなっています。
それにつけても毎度ながらのバトルアクション!・・よく体がもつなぁ〜と感心することしきりです。
次回は「魔女っ子モノ」だそうなのでこれまた期待できそうです

(12/27)ナゾのビデオ「ゾンビUFC」台湾産

「近代最精彩最偉大的電影」・・・・ゾンビの台湾製ビデオタイトルである。
台湾某インディーズメーカーの自主レーベルでナゼか上映時間156分である。
アルジェント版119分、ディレクターズカット完全版が139分なのに・・・である。
アルジェント版にドキュメントオブデッド発売により一応、私的には「ゾンビ問題」は決着したハズだったんですが〜17分の追加画像とは一体!?・・・と言うことで入手してみました。
で、内容ですがとりあえず発売済みのビデオを元にともかくみんな入れちゃえ〜と言うサービス精神で突っ込んでますので曲はブツブツ切れるわ、カット割りは変だわ妙なビデオになってます。
ともかくアルジェント版を基本に「これぞ究極のゾンビ」・・とばかりに一生懸命作りました!と言うシロモノになってます。
・・・・まぁ分かります!その気持ち。
そう。「私のゾンビ」を探し徘徊する者たちのウメキなのです。
・・・・これ見たら暫く収まっていた「アラマント社編集版”ゾンビ”」を作りたくなってきました。・・・勿論プライベート・オンリーでね。
・・・しかしコレ何語なんだろう????。

(12/21)「山本五十六記念館」へ行く

「乗り換え案内」によると「新浦安」>「長岡」は3時間だそうなので、10時のオープンに会わせ6:30自宅を出発。貸し切りの新幹線で駅弁でも食いながらゆっくり行こう〜なんて思っていたらナント午前中イッパイ指定席は完売!。

そんなに人気のスポットなのか!!・・・と思ったら、前の駅は有名な「越後湯沢」・・そうか、スキーシーズンだったのか・・・。全然興味がないので思いもよりませんでした。
ホームに上がると自由席はすでに長蛇の列。
なんてこった!。弁当を買う時間も惜しく、とりあえず一番短い列に並びました。7:48発「とき」に何とか乗ることが出来、1人と言うこともあり座ることが出来ましたが車内は満席。ホント思いもよりませんでした。
そ〜言えば、10年ほど前、村尾ゴジラ氏と越後湯沢へスキーに行ったときも超混みだったっけ・・・。


約2時間後、長岡に到着。
どっさりと雪に閉ざされた町並みを想像していたら、積雪は10cmと先日の東京並。
20分ほど時間があったので駅前の食堂で朝食をかきこみ、「山本五十六記念館」へ到着したのがジャスト10時!。
スゴイ計画通り・・・。

記念館は大通りに面した場所にあり外観は公民館風。
受付の次の部屋が展示室となっており、壁側に各テーマに会わせた展示と中央に一式陸攻の主翼とイスがロープアップされ展示されています。
早速、内容を告げるとイスの柵を外して戴けました。

まずは、上下左右四方八方から写真を撮りまくり、オモムロにメジャーとノギスを取り出すと用意した3面図に寸法を記入していきました。
その間1時間半、お客さんは2名・・。
ゆっくりと調べることが出来ました。

調査が終わり、受付で販売されている目録やおもやげの絵はがき等を買い、ついでに近所にあるという山本五十六の生家と元土浦航空隊にあったと言う元帥胸像(元は全身の立像だったものが終戦時取り壊され、胴体は土中に埋められ、上半身は霞ヶ浦に投棄された。ところが、戦後偶然廃品回収業者の網に引っかかり引き揚げられ、長岡に戻ったと言う曰わく付きの胸像である。胴体は新潟テレビの特番制作中に土浦基地の土中で発見された・・・長い説明でスマン)・・を見に行きました。
生家と胸像のある「山本記念公演」は記念館から徒歩5分程度の場所にあり(にもかかわらず道に迷った)児童公園のような小さな広場になっています。入り口横に生家があり「ごらんになりたい方は染物店に鍵がありますのでご自由にご覧下さい」・・と看板がありましたが玄関が開いていたので勝手に見せて貰いました。本物の生家は昭和20年の空襲で焼けてしまったとの事でこれは再現だそうです。
中にはいると誰もおらずヒンヤリとしています。右の座敷へ目をやると巨大な白い顔が目に入りました。ババ〜ン!元帥胸像です。石膏製の原型でしょうか???。その前に花の添えられた仏壇に元帥遺影と位牌、ボール紙製の手作り賽銭箱・・・その横に「物を盗むと罰があたります」・・との手書きの張り紙・・・。なんかシュールな空間でした。
2階は山本少年の勉強部屋があります。ここでベンジャミンフランクリンの伝記など読んだのでしょうか??。

そうこうしているうちに1時となり、他にあても無いので帰ることにしました。帰りは2階建て新幹線「Max」でしたが新潟発と言うことで席はほぼ満席、居眠りしているウチに東京に着いてしまいました。

和室に鎮座する長官像

ナゼか位牌が・・

「物を盗むと罰があたります」



(12/14)アラマント社忘年会2002

こないだ忘年会をやったばかりだと思っていたら(?)、毎年恒例アラマント社忘年会の季節がやって来てしまいました。そう言えば前回はジェームズ氏が来て即興で撮影をしたりしたんだっけ・・・早いねぇ。
今回はいつものメンバーに加え、ガレージキット造形師にして自主製作映画作家の保科氏が来てくれました。会うのは1年半ぶりですが、その時製作中だった映画を持ってきてくれたので急きょ上映会となりました。
宇宙人(未来人)ものですが舞台が築地の市場内だったりと、なかなか奇妙な世界観を持つ映画で多くの伏線を残しつつ終わるあたりシリーズ化で展開しても思い白そうな話でした。
コンテストでの評価に期待です。

(12/5)タミヤ塗装済みFパーツ

操縦席セットデザイン作成中です。
例によって断面を出すのにプラモの輪切作戦で寸法出しを行うため、タミヤ1/48一式陸攻をカットしました。
しかし風防の断面を出すため縦横にカットする必要があるため、タミヤの「部品注文」サービスを利用することにしました。そこでフト気になったのが「塗装済み風防パーツ」です。
通常の部品代に300円足すとあの忌々しい「窓枠」を塗り分けられたパーツが手にはいるわけです。

この後、CGのマッピング検討用にもう一機タミヤの1/48を作る予定なので試しに塗装済みパーツも買って見る事にしました。最近は、インターネットで部品を注文できるので便利です。

で、注文から数日で到着。
出来はと言うと左の通り、マスキングも塗膜も良好でプラス300円は安い。

輪切りにされた一式陸攻


爆撃席


機関席ごしに操縦席を見ると
こんな感じ。それっぽい。

(12/1)怪奇!折れた肋骨

もう2週間ほど前になりますが、風呂に入っていたとき湯船でコケました。
コケた拍子に脇腹を湯船のヘリにしたたかに打ち付けたのですが〜以降 息をすると痛み、仰向けになるとまた痛むと行った具合で、ついには歩いても痛くなる始末で病院へ行く事にしました。
近所には順天堂大学病院なる立派な病院があるのですが・・・待ち時間が半端でいため、古い・・が空いている某総合病院へ行きました。

薄暗い待合室で待つこと10分。
まずはコンクリートの壁に囲まれた これまたドンヨリと暗いレントゲン室でレントゲンを撮り診察室に行くと「今日は外科が休みでねぇ・・・」と医者が言います。
「こっちの写真では肋骨にヒビが入っているようだが・・」確かに肋骨に黒い線が入っています!・・・が、同じ場所を違う角度から捉えたもう1枚の写真をみると線は入っていません。
結局「外科は金曜なのでまた来てください」・・と言われました。
レントゲンの心霊写真なのか???

金曜にまた、医者に行き通常の生活ではもう痛みを感じないと伝えると「・・・やはり打撲でしょう」と骨を押されました。

そうしたら突然激痛が走り「ぎゃあ・・そこそこ!」「え?1(驚く)週間もたって痛みがあると言うことは・・・やはり折れてたかも?」・・・との名診断。

「骨折」・・と分かってれば関係なくても2-3日会社を休んだのになぁ〜・・・。しかしながら、肋骨の骨折は固定できないのでほっとくしか無いのだそうだ。
ちょっとガッカリ。


(11/30)工藤ノリコさんの個展へ行く


「サイン貰っちゃった〜」byアラマント
「せんしゅちゃん」を描いてもらい
ました。
「せんしゅちゃん」の行動はいずれ「スヌーピー」シリーズ同様、研究者の対象となるでしょう。

かなりマニア向け?

なんか最近はゲージツの秋です。今日は午後から青山の画廊で開催されている工藤ノリコさんの個展に行って来ました。ご存じの方も多いと思いますが絵本作家にして漫画家でMOEを中心に活躍中です。
代表作「がんばれわんわんちゃん」は茨城の地方就職誌で連載が始まり、あまりの質の高さに白泉社から単行本が出版されました。
所謂ヘタウマ系マンガは「吉田戦車以降」激戦区で、かなりの実力勝負となっておりますが、工藤さんのマンガは吉田戦車登場時の衝撃を超えるモノがあり連載当初より片鱗が際だって高く輝いていました。
ヘタウマ系のジャンルの多くが人間の暗黒面を冷笑する手法で人気を博し(・・・そして瞬く間に衰退)ましたが、工藤さんのマンガは「純粋さ」と「前進」がキーワードであり、本人の「天然」とも言える「純粋にして前向きなエネルギー」と「才能」が普遍的なテーマと相まって他の追従を許さない作品を生み出すのでしょう。

読者として今後の活躍が楽しみな作家です。
オススメ!。

>>公式サイトはこちら


(11/28)小松崎画伯を偲ぶ会へ行く


仕事場の再現展示
机にある描きかけの絵を見ると・・・

今日は、村尾ゴジラ氏と浅草ビューホテルで行われた「小松崎先生を偲ぶ会」へ行ってきました。早いもので、画伯が亡くなられてからもうすぐ1年です。
会場には(名簿によると)500人を超える関係者が集結。勿論門下生一同に各界(マニア向け?)の著名人が・・・見渡せば田宮模型の田宮俊作社長(田宮模型と画伯の出会いはすでに伝説ですね)や松本零士氏の姿も!。
以前、小松崎画伯宅で計器の話しになった時、「松本君を紹介してやろう」・・などと言われていたのですが、結局そのあと画伯が亡くなってしまい会う機会を逸しておりましたので、前から渡そうと思っていた旧軍機のマニュアル1000ページを入れたCD-ROMを渡し数分ですが計器話しをする事が出来ました。
松本零士氏は旧軍機計器の蒐集家としても有名で、いつか98式、4式射爆照準機などのコレクションを見たいものです。


依頼した絵でした!!!!。
予想通り鹿屋空の一式陸攻と
プリンスオブウエールズの2ショット
「マレー沖海戦の図」です。

待合室には、画伯の絵をはじめ門下生の作品も展示されており、なんと「最後の仕事場」の展示もされていました。
もしや!と思い近づくと・・・ありました!昨年依頼した一式陸攻の絵です!。やはりマレー沖海戦を主題として鹿屋航空隊の一式陸攻11型と後ろにはプリンス・オブ・ウエールズが描かれています。

入院されたときには、「絵はお渡しするようにしますので・・」・・とは言われていましたが、こうなるともう伝説の絵ですね。
こうした展示が相応しいのでは?と考えます。

あと、門下生の上田信氏と陸攻話などさせていただいていたら、なんと浦安住民で「コンボイ」の常連さんだとか・・・世の中は狭い!

松本零士氏と
「サイン貰っちゃった〜」byアラマント

(11/6)経験者講習会へ行く

今日は松戸東警察署まで散弾銃の経験者講習会へ行って来ました。
これは何かと申しますと銃の所持許可は3年で更新手続きを取らねばなりませんがその際、様々な種類の他に3年以内に受講した経験者講習会の修了証が必要で、その為に講習会の受講が必要です。
しかし、いつでも受講できるわけではなく、それぞれの警察署で年1回開催され近所での受講を逃すと遠くの警察署まで受講しに行かねばなりません。
加えて受講申し込みには所轄の警察署で1ヶ月前から(勿論平日の営業時間内)となっており、定員になり次第締め切りとなりますから申し込み、受講で2日も休みを取らねば手続きをすることが出来ないわけです。
今回は8月の浦安警察署を予約したところ突然の海外出張が見事に当たり、一番近いところでも30km先の松戸となったわけです。
浦安から松戸方面というのが意外と道が無く難所でヘタをすると1時間以上かかるかもしれません。
そんなわけで1時間半前に出発。
案の上、川だの高速だの渋滞多発地域を通り、狭い道で渋滞にはまりつつギリギリに到着。


会場に入るとなんと私ともう一人が入って全員集合という集まりの良さ。
全員揃ってしまったと言うことで開始時間を早めて始まりました。
通常、講習会は会議室などでやりますが今回は殺人事件の捜査本部が
会議室に置かれた為、なんとも寒々しい道場にパイプ椅子を並べての講習会です。

広い道場にストーブが2台と言う環境で実際寒い寒い・・・寒くてつい睡魔が・・・。
・・・・あっと言う間の3時間でした・・・????。

それはさておき、銃の規制なるものは終戦によって進駐軍に行われ、「銃砲等所持禁止令」が公布されたのがなんと昭和21年とつい最近の話し。それまではお店で買えば誰でも持てるモノだったわけで、それが昭和30年以降暴力団や過激派の皆さんが積極的に犯罪に活用しだして現在の厳しい許可制になった経緯があります。
と、言うことは戦前までは法で規制するほど「脅威」として認識されていなかった?(銃を使った犯罪者が少なかった??)・・って事でしょうか。

ともあれ講習終了証をGET。あとは医師の診断書が必要です・・・。


(10/30)冨田勲氏に会う

今日、突如として音楽家の冨田勲氏に会いました。
ほんと突如として・・。
冨田勲と言えば中学、高校とSF まくってた(!)頃初めて聞いた「電子音楽」が冨田氏の「冨田勲スター・ウォーズのテーマ」なるEPでした。
ピャラピャラのシンセサイザー音楽家(当時はそう思っていた・・)でありながら昭和7年生まれと知って驚いたものです。
僅か5分ほど話す時間があったので、「黙示録ファン」なら誰しも是非聞きたい(?)「コッポラが地獄の黙示録の音楽は冨田勲を!と熱望したのに何故に作らなかったのか??」と言う疑問!。・・・聞きました!なんと!「・・・当時、別の映画会社と契約中で参加できなかった・・」・・・と言うことでした(あっさり)。黙示録BGM検討中、怒り狂って楽譜を駐車場にバラ撒いたとの伝説も残るコッポラ監督ですから、ものすごい劇的なエピソードがあったのかと思っておりました・・・。
・・・ともあれ「サイン貰っちゃった〜byアラマント」なのでした。
家に帰り早速奥さんに目をキラキラさせながら(当社比)「今日、なんと
”世界の冨田”に会ってサイン貰っちゃった〜」・・と自慢したら・・「誰それ?」・・と言うつれない返答でした。

先週、今週と昔ハマッた音楽家ついてるので、来週はいよいよ「戸川 純」の登場か?????。


冨田氏のサイン

有名な「五線譜にトランジスタ記号」デザイン
サイン貰っちゃった〜」byアラマント

(10/25)クラウディオ・シモネッティ来日

今日は会社帰りに原宿ルイードで行われたウラウディオ・シモネッティ率いるDAEMONIAのライブへ行ってきました。
18時開場の30分間前に到着すると、路上にはまだ10人程度。これは結構空いてるかも?と思ったのは大間違い。
開場直前にはかなり混んできました。
前売りの発行番号順に入場と言うことで、当日券にしなくてヨカッタと胸をなでおろします。
私の番号は41番。会場に入るとすでに50番台の人ですでに満席。
それにしても狭い会場・・・こんな所で「帝王クラウディオシモネッティ」が演奏するのでしょうか???

今回のライブは、五人一首、GERARD、DAEMONIAの3部構成。
演奏はともかくとして五人一首の劣悪な音響にかなり鼓膜にダメージをうけました(未だに耳鳴りがする!!!)。

それはさておき、いよいよDAEMONIAの演奏がはじまりました。
イントロは「ゾンビ」のL'alba dei morti viventiライブバージョン!ウ〜ン鳥肌立ちました。
続いてサスペリア、インフェルノ、ディープレッド、フェノミナ等々の名作の数々・・・のライブバージョン。
みんな頭を振りまくってました!!!。
そして、ハロウィンやチューブラーベルズにトッカータとフーガまでシモネッティバージョンにて演奏・・・。
マニア向けに(?)サスペリア2の童謡を演奏しみんなで歌ったり・・・アンコールは3回!!。
最後は全員総立ちでサスペリアライブバージョンを「手拍子みんなで足拍子〜」で、大盛りアガリのウチにフィナーレとなりました。
あらためて聞いてもいい曲です。

終了は23時!原宿から浦安へ帰るには終電ギリギリでした。

ひど〜く狭い会場

帝王クラウディオ・シモネッティ

(10/19)さらばプレイリ〜ドックまさかの輸入禁止令

厚生労働省は10/18、野兎(やと)病やペストなどの防止が目的で感染症予防法に基づきプレーリードッグの輸入を禁止することを決めた〜のだそうだ・・・。

と、言うことは現在国内の繁殖環境は未だ確立されていない状況であり、日本産プレの価格高騰は必至・・・
ブリーダーに転職するか???(笑)


(10/18)さらばジェ〜ムズ氏まさかの帰国指令

マロンマン役のジェ〜ムズ氏が仕事の関係で帰国することとなりました。いつ日本に帰ってこられるかは仕事次第と言うことで暫しお別れです。
日本で作っていた映画も中断と言うことでこちらも残念・・・。
機会がありましたら、また一緒に映画を作りましょう!!!。

(10/13)豪華なお船でクルージングよ〜ん

え尽きてばかりはいられません。
今日は日本で初めての国際観艦式です。
木更津出航の護衛艦「いそゆき」に乗艦するため朝5時に家を出発!。
千葉市回りで行きましたが早朝だけにガラガラで6時には木更津埠頭へ着いてしまいました。
埠頭の奥へ行くと岸壁に護衛艦「いそゆき」と「さわゆき」が停船しています。・・・デカイ!。
今回、さそってくれた板倉氏と合流、早速乗り込みました。
艦橋の上に陣取り出航を待ちます。
8:00「さわゆき」に続き「いそゆき」も出航しました。


船首のデッキに降りると丁度、主砲、シースパロー等装備のデモが始まりました。
動きはスゴク機敏です。
アクアラインを通り過ぎると、水平線上に沢山の艦船が見えてきました。
26隻の各国艦艇が昨日より停泊しています。
停泊地はなんと浦安沖!ウチの近所じゃないですか!。
デズニーランドを背景に軍艦がウジャウジャ停泊している図はまさに奇観・・・。
ソ連独特のシルエットに気付けばロシア海軍のスラヴァ級ミサイル巡洋艦までいるではありませんか!
その他潜水艦を含む3隻のロシア鑑が浦安沖にイカリを下ろしているとは時代も変わったものです。
昼過ぎ、小泉首相の乗った旗艦とすれ違い15隻の護衛艦が艦隊を組み観閲します。
総勢41隻!う〜ム!なかなか壮観です!!!!。

木更津港

「ちょうかい」と「くらま」

デズニー沖合に停泊

ウジャウジャ停泊・・こんな感じ

ワリヤーグ

ワリヤーグと手前が韓国のJE-JU

(10/11)兵舎撮影

午前中に載せられるだけセットの壁を車に載せた所で秋山氏が合流、
イトーヨーカドーへ昼食がてら撮影中の食料を調達に行き、1時に新浦安駅で柊氏をピックアップ。
予定の2時までに荒井氏、森氏、酢谷氏とアラマント社集合組は全員集まり、ひょっとすると予約の4時前に入れるかもしれないとの期待に3時過ぎ、残りの荷物を秋山号へ積み込み公民館へ向かいました。

ところが到着してみると何をどうまちがったのか予約は5時からであることが判明!。
公民館の施設は最長4時間と決まっているため、閉館まで1時間余裕を持って16時〜20時としたはずが17時〜21時となっていたようです。
これでは21時には必ず撤収せねばなりません。
しかも、大正琴サークル(?)が17時まで使用しており、材料を置くわけにも行かないため、
1時間ほど時間を潰すこととなりました。
・・・・幸先悪し・・。
しょうがないので近所のマクドナルドでお茶と言うことにし時間が来るのを待ちました。

結局、17時搬入開始。
会議室なので机を全部撤去!セットを運び込みガンガン組み立て。
ライティングを調整したところで1時間が経過。
カーテンが黒だったので背景に丁度ヨカッタのですがヒダに光りが反射しカットできません。
なんとか調整し撮影開始。
まずはコンテ通りウッドデッキでくつろぐ相沢、藤本の図。
園芸用噴霧器でビショヌレとなった清水上飛の図を撮影。


・・・フト気付けば兵舎シーンのみで すでに2時間が経過!
急いで、セットをバラし会議室セットを組み立て。
今度は夕景なのでライトのフィルターをオレンジに変え、カメラ位置を移動。

ラスト30分!

セットの撤収と机とイスを戻すのに15分として撮影に許される時間はわずか15分か!?!?
通常であればこのカット数であれば最低1時間は必要です。
ところが、幸いなことに役者さんたちがバッチリ台詞を練習してきてくれたおかげで、殆ど演技上のやり直し無しで
なんとか予定のカットを撮り終える事ができました。

そして撤収は僅か10分!とりあえず公民館の外へ出し、超スピードで机とイスを定位置に並べ、キーを返却したところでジャスト21時!!!!! ・・・・セーフです!。


皆様お疲れさまでした。
もう燃え尽きました・・・。

作戦会議中

ヘビーなセットとなったテラス

撮影風景

(10/10)作れ!プロップス!・・・プリンターまた故障!

いよいよ明日撮影だというのに、未だプロップス製作中です。
兵舎シーンでは、藤本の愛読誌「航空朝日」の特集記事「成層圏の重力異常」のページで、こちらは「成層圏の温度分布」と言う記事を元に作りました。
困るのは旧漢字のフォントで、前回撮影で使用した「一式陸攻改造計画書」図面も戦時中の雑誌から拾ったりして随分手間取りました。
しかし、今週になっていいことを思いつきました。
「昭和17年前後の辞書を探せばいいじゃん!」って事です。
早速、幾度かお世話になっている戦前戦中の古書に強い「古書ふみくら」さんへ問い合わせたところ翌日、倉庫で見つかったとの連絡を受け、翌々日には受け取りフォントをスキャンして完成しました。

この「字源」なる辞書ですが厚さが12cmもあり漢字辞典の他、道具や動植物の図鑑(?)も載っておりなかなか面白い本です。
これで1500円はお得!是非トイレ読み物に一冊・・。


それはさておき、あとは会議室で使用するB全の「一式陸攻改造計画図」と壁に貼られた偵察写真を作らねばなりません。特に「一式陸攻改造計画図」は外観のデザインが決まっておらず、結局レーダーの付くであろう位置にそれらしくマークを入れ、あとは配線と接続櫃を書き込む程度にしときました。

ラストが「偵察写真」でこれはまあ作戦会議室っぽい雰囲気があれば良いので1943年に撮られたブナカナウの写真をA4で16枚に拡大プリントして貼ることにしました。


トコロが!のこり後2枚という所でまたもやプリンターのノズルが故障!肝心の黒が出なくなってしまいました!!!!。
撮影は明日だしもう間に合いません。
これはまあ、偵察機がミスった・・と言うことにしときましょう。

「スキ:蜘蛛に似た大いなる虫」
・・一体どんな虫だ??
大いなるマンションならセザールだが・・・

特別付録!気持ち悪い虫図鑑付き

縮印「字源」
・・・と言うことはデカイ版が
あると言うことか!?

(10/9)マグネトー到着

先月、e-bayで見つけた一式陸攻のマグネトーが到着しました。
中央に三菱のマークが入っており、持ち主曰く「クラークフィールドの零戦の残骸から取り外されたモノ。双発用のマグネトーだが片側のみ配線され使っていた様だ」とか言ってましたが、中攻ファンとしては96か一式の物・・と言う方がウレシイですね。
この人とは2度目の取引で信用していましたが、ちょいとトラブルがあり落札後再三連絡をすれど全くレスポンス無しで1週間過ぎてからPAYPAL経由で「ウィルスでパソコンがオシャカになった。連絡先はコチラ」・・と住所を送ってくる始末。
しょうがないので少し多めに送料を加え送金し、エアメールで送金確認書と手紙を送ったものの相変わらず連絡なしでした。

3週間経ったらPAYPALのセキュリティへコンプレインを出すつもりでいたら丁度3週間目に到着しました。


前も、送料の連絡をいつまでた〜ってもくれない人もいましたが結局商品が来ないなどのトラブルに遭遇した事は無いので元々ノンビリしている人たちなのかもしれません。
しかしながら、こういう場合の「評価」って難しいですね。
ウィルスにかかってパソコンがオシャカになったのはこの人のせいじゃないとしてもExcellent Transactionってわけにイカンでしょう???。


一式陸攻のマグネトー

(10/6)作れ!兵舎

来週に撮影控えつつも、本職に忙殺され未だセットは未着手と言う恐ろしい状態になってきました。
今回のセットは兵員宿舎と指揮所会議室の2つが必要で、兵舎は南方でよく見られるデッキのあるタイプと会議室はアジロ壁の南洋調デザインとしました。
例によってスタイロフォームの板に薄板や壁紙を貼ったタイプ Aを5枚。
窓があり、スダレのかかったタイプBを4枚。そしてテラスの柵となり、波板の屋根のあるタイプCを6枚作る事としました。
材料として松板を大量に買い込み、組み合わせて柱を作ります。
接合は組み立ては勿論、解体が容易なようにタッピングビスを使います。
スダレは以前、シーズン物処分品で1枚300円で買ったモノです。


土曜は酢谷氏と日曜大工屋のユニディへ材木、ビス、スタイロフォーム、塗料買い出しで約26000円の出費。
帰ってから2人で波板を塗装し、酢谷氏はランタンの汚し作業、私はセット組み立てを担当。
実際組んでみると輸送や固定の問題である程度強度が必要なことが分かり、スタイロフォームメインの構造から板を組む方法に変更しました。
本日は仕様変更に伴い松板が足りないことが分かり朝8時ユニディにて秋山氏と合流。900mmを32枚、1800mmを7枚、合計6451円の出費。
帰宅後、2人で塗装、組み立てを行いなんとか完成しました。
輸送中の破損の心配は無くなり、組み立て時間の短縮も期待できますがかな〜りヘビィです。


兵舎セット設計図

(10/4)3つの楽しみをワンセットに!

今週は「週間デル・プラドコレクション/世界の戦闘機」で一式陸攻が出ると言うので、本屋を覗くとありました!。
このシリーズ流行りの「オマケ本」ですが1600円と意外に高価。
毎号集めるとカティーサークが組み上がるとか、世界のビックリ宝石が集まるとか、いかにもアダルトチルドレン狙いのインチキ臭い商品ですが、「中攻ファン」の悲しさついつい買ってしまいました。


で、どうだったかと言うと。

本部分を広げると「3つの楽しみをワンセットに!」の文字が踊ります!
その1はファイルカードで一式陸攻とは関連のない10種類の戦闘機写真とスペックが!(F-8クルセーダーとかね)。
その2はスペックカードで見開き1枚に一式陸攻22型の透視図とスペックが!
・・・・陸攻ネタはこれだけかい!!!!。
そしてその3が
「最高級戦闘機モデル」でご丁寧に
「一度手にすれば必ず納得がいく重量感」とのキャプションまで付けられています。
して!「今月のコレクション 三菱G4M"BETTY"(三菱一式陸上攻撃機11型)」はいかほどか!と箱を覗くと・・
11型じゃなくて22型じゃんか!(私は特に11型が好きなのだ)。

そしてハッ!と気付くと箱の側面には
「川崎G4M"BETTY"」
と書かれていました・・・。


架空戦記の機体なのか????。

そのほか唯一のスペックシートのキャプションに凡ミスがあったりと見れば見るほど奥深い一品でした。勿論、未開封にて「一式陸攻”コレクション”」に加えさせていただきました。


・・・・やっぱ変だぜこの本。

世界の戦闘機

川崎ベティ

(10/2)惨劇館

モルモルさんは9月に入ってからずっと狂獣化してますが1月の発情期と異なり襲いかかってきても腕を触るとアマアマ状態となったりしてかなり混乱している様子。
今日も通りかかっただけでグワッシャァ〜ン!!!とゲージにタックルしてきましたが、繰り出す攻撃がどうも緩慢なような気がしてスコーシ手を出したらスカさず食いつかれゲージの中に指を引き込まれました!。
指を上下に噛まれたため歯が爪に当たり貫通しませんでしたがそのまま引き裂かれ大出血で引き離すために入れた右手も0.001の早業で補足迎撃されこちらは横方向に噛まれ牙が貫通、裂かれました!。
噛まれるのは2年ぶりでまったくもって油断していました。
意外と出血が多くゲージ前には見る見る血だまりが出来ていきます。


キヤァ〜ポウッ!

一層甲高くモルモルが勝利の雄叫びを上げ血まみれの口に笑みを浮かべていました!。

第一撃を食らった直後。
第二撃でさらに大量出血した。

「キャ〜〜ッポォウ!!!!」
勝どきをあげるモルモル

飛び散る血しぶき

(9/29)バラセ!F-4-F!

約11ヶ月にわたり部屋を占拠していたワイルドキャットのセットを本日解体しました。
場所があれば取っておきたいところですが、所詮はセット。用済みとなれば壊すしかありません。トホホ。
当初機体は屋外撮影を計画していたので分解組み立てが楽な様、大部分ははめ込み式ですので、あっという間にバラバラになりましたが、大変だったのがゴミ袋に入れるため骨組みのスタイロフォームを10cm角に粉砕する作業でした。
数時間後ワイルドキャットはゴミ袋6個分の断片と化しました。
しかし苦労したキャノピーはバラすのに忍びなく、加えて数百のネジを外さねばならないので保存する事としました。

1、キャノピーを撤去

2、外板を剥がし・・

3、バラバラに粉砕

(9/27)751空戦友会

昨日から一泊二日で、海軍751航空隊戦友会の木更津旅行へ行ってきました。
木更津と言えば鹿屋とならび中攻隊発祥の地です。
26日14時、木更津から少し離れた鋸南町の温泉旅館「紀伊国屋」さんに集合。
車で道に迷っていると751空面々の乗るマイクロバスに遭遇。
ラバウル以来の懐かしい顔が見えます。
18時の宴会を前に、ラバウルで知り合った偵察員の江口氏に持ってきた一式陸攻カットモデルを見せまたお話を聞くことが出来ました。
今回は総勢25名、江口氏を含め4名の搭乗員が参加されているとのこと。
全員での記念写真と黙祷の後、宴会開始。勿論、資料一式とカットモデルを持って色々と聞いて廻りました。
翌日は発祥の地である現木更津駐屯地を訪問し渡洋爆撃の記念として立てられた若鷲の碑、駐屯地に残るの神社参拝、木更津駐屯地資料館を見学しました。
駐屯地内には戦時中の建物やハンガー等が多く残り、今なお使用されているとの事です。
その後、アクアラインを通り海ほたるで休憩、九段下の九段会館(旧軍人会館)で昼食をとった後、靖国神社とリニューアルされた遊周館を見学しました。
リニューアル後初めて行ったのですが、河口湖の零戦が無料スペースに展示されていたり内部の展示もずいぶんと今風となっていました。

江口氏の証言に基づき修正した模型

当日頂いた一式陸攻のジュラルミン

木更津基地に残る戦時中のハンガー

751航空隊不滅の踊り

木更津基地の神社参拝

渡洋爆撃を記念して建てられた
「荒鷲の碑」

(9/22)ウィンドトーカーズを観る

ジョン・ウ〜監督のウィンドトーカーズを観てきました。
イクスピアリのAMC16は最終回が1000円均一なのでコレハイイ!とばかりに出かけたのですが〜・・・車で向かったのが大失敗!
最終回の時間はすなわちデズニーランド帰りの車で舞浜近辺は大混乱!しかるべくしてイクスピアリ直前で渋滞にハマリ、いつも使っている地下駐車場方面はピクリとも動かない状況でした。
通常であれば自宅から舞浜駅までバイクで7分!。たまにはゆっくりポップコーンでも買って席に着くか!・・と30分前に家を出たのにもう間に合いません。
急きょ作戦変更しオリエンタルランド本社前から舞浜駅へ向かい、駅ロータリーでUターンしてバレーに入れる事にしました。
その時点ですでに上映開始時間・・・。
まったくもってウカツでした。
結局走って映画館へたどり着き席に着いたら丁度始まったと言う具合で、ギリギリセーフ。

それはさておき。

映画の方はサスガ、ジョン・ウ〜撃ち殺し方が怖いです。
後から後からショッカーのごとく沸いて出る日本兵をめった撃ちで殺す殺す!勿論殺してからトドメの一連射も欠かしません。映画とはいえあんまりニコニコ見てられない一方的なアクション映画です。
となりの若者カップル達はニコニコ見てるのだろうか?・・なんて気になりました。

それにつけてもトミーガン対38式歩兵銃の戦いはジョン・ウ〜でなくとも一方的な戦いでしょう。
日本兵が撃ちボルトを引くために照準を外し、ガチャガチャ次弾を装填する前にニコラス・ケイジの持つトミーガンが「タタタタタ・・・・・」と日本兵どもをなぎ倒しさらに「タタタタタ・・・・・」とトドメを刺していくんですからもう勝ち目無しです。

この辺の装備の差なんかも演出的に面白く監督もしっかり撮ってました。例えば塹壕の中から日本兵が一斉に射撃し、一斉に弾を込め直すトコロとか、日本軍の塹壕に飛び込んだナバボ族と日本兵が鉢合わせ、お互いライフルを向け合い対峙するシーンで、実は日本兵のライフルのボルトが下がっており、それに気付いた日本兵が焦ってボルトを閉塞するシーンなどです。
ところが・・・いづれも面白さが十分伝わる間もなく短時間でカットされていました。
結局それを入れると圧倒的に米軍が有利だった事になり観客が困惑するのでカットしたのかもしれません。

まあ、アクション映画の常として死人の数と面白さは比例する訳で、バタバタとゴミのように人が殺される映画より、ジックリ痛そうに殺す演出をされた本映画は良心的(?)かと思いますが、日本人的にはチト配慮が欲しい内容でした。

パールハーバーにしろシンレッドラインにしろ観客はどちらに感情移入するものなのでしょうか?。


(9/21)恐竜博へおでかけ

今日は朝からバブオさんと2人で幕張で行われている「世界最大の恐竜博2002」へ行ってきました。

夏休みも終わったし空いてるでしょう〜・・なんて思ったら大間違い。

明日最終日と言うことで、入館に約1時間待ちの入場制限中でした。

!!!恐竜ってこんなに人気があったのか!!!。
ならば上野の科学博物館へでも行けbなよいのに・・・。


入場制限をしてるとは言え、ともかく中も大混雑でチビッコはなかなか前で見ることが出来ません。

しかし、所謂「恐竜博」でいつも引っかかるのが、展示されている化石って結局は樹脂でできたレプリカな訳ですよね。ましてや完全な形では出てこないわけで、出てこないモノは原型から創作で(考証に基づいたとは言え)作っちゃう訳ですから。
例えば「この化石はFRP製1/1想像復元模型です」とか明記されてないトコロがど〜〜も騙されているようなイ〜ンチキ臭いような納得のいかなさが残ってしまうのです。

(今回の展示については発掘状況を再現した標本は本物だったらしい)

なんて思いつつ、土産物屋でしっかり「ヴェロキラプトル1/1スケール頭骨模型」5000円也を買ってしまいました・・・。


ヴェロキラプトル1/1スケール頭骨模型

・・・それにしてもバブオ氏、恐竜自体にてんで興味なし。


(9/20)衣装買い出し!恐怖専門学校2

来月11日の撮影に備え、衣装の買い出しに出かけました。
今回撮影で登場する「ラバウルに到着した岡元大尉」は絵コンテでは海軍2種軍衣で描かれていますが、出番的には10秒そこそこなので予算の関係で3種軍衣でやってしまおうかと迷っていました。
しかし、「オシャレさん技術大尉」と言うキャラ設定ですから、やはり2種軍衣じゃなきゃダメダ!〜と言うことで買いに行ったわけです。
SONYの故盛田会長も昭和19年の海軍技術研究所時代、殆ど入手困難だった「2種軍衣」をどこからか調達し誇らしげに着ていたと伝えられています。当時としても「スマートな海軍さん」の象徴だったのでしょう。
そんなわけで、会社が終わってから「中田商店」さんへ直行です。


特に今日は18:30から渋谷で「恐怖専門学校」ライブへも行かねばならず、浦安>東京>御徒町>渋谷で逆算すると店の滞在時間は10分しかありません。

予定通り中田商店さんへ到着。
幸い在庫があり、出して貰っていると噂に聞いた「中田商店製”縛帯”」の試作品展示を発見!値段を聞けば5万円前後と言うではありませんか!安い!。最近100式飛行時計のレプリカを出したりと中田商店さんは元気です。
すっかり縛帯や軍装の話しで盛り上がってしまい気付けば30分が経過!ヤバイ!渋谷から猛ダッシュで走らねば間に合いません。
結局、中田商店さんではシーン追加が予定されている海軍陸戦隊兵隊の99式用弾薬盒と脚絆(本物)、帽垂を購入。なんと14年式のホルスターを8割引でオマケして貰いました。
流石は中田商店・・恐るべきサービスの数々。

で、御徒町を後に渋谷に到着すると、すでにライブ開始時刻!。
歩くと10分はかかるので結局猛ダッシュでなんとか5分遅刻で会場に到着。
すると場内は満席で入場はできるが立ち見になりますとの事・・そしたらソフトマジックの小島さんが気付いてくれ、最前列「カブリツキ」シートへ座ることが出来ました。
・・・ラッキー。

「恐怖専門学校」は今回の第三夜で最終回となります。そして今夜の目玉は「マル秘大物ゲスト」です!ホラー界で大物と言えば「伊藤潤二」か「犬木加奈子」か?はたまた「谷間夢路」か!?(・・・って全然わかんないでしょ??)・・・と期待していたら「蛭子能収」でした・・・なんだ・・。
ですが、児嶋都、呪みちる、蛭子能収のトークショーと言うのも何か妙な取り合わせで結構面白かったです。

今回の御茶先生監督作品は「赤子」でした。別荘を借りての撮影だったそうですが、特殊メイク、照明、撮影、監督とほぼ一人でやってるそうで、我社より過酷です。
ましてや漫画連載と平行して作ってるわけですから、スゴイパワーです。
できれば特殊メイクや撮影の方に参加したいのですが〜とりあえず「紺碧・・」をやっつけねばなりません。

蛭子能収VS呪氏

呪氏、御茶氏と

(8/31) さらば小川苑(仮名)

いよいよ今日はチェックアウトと言うことで、支払いの際 例の「〜社長がいなくて・・」の社長さんに初めて会いました。
死ぬ直前の力石徹に似た面白いキャラの人で、この宿の運営方針をトクトクと語ってくれました。

要約すると

「古い宿、見栄えでなくこだわりの素材による料理を理解できる客が"良い客"」だそうで老朽化して施設が悪いとか、露天風呂が外から見えるとか、メシが質素だとか邪見してはイカン・・と言うことらしく、ましてや「インターネット予約で半額で泊まってるので贅沢言うな

・・・と言うのが基本方針でした。
我々の泊まった部屋も通常1万円だそうで、「何らサービスは変わらない(!)」・・・のだそうです。

と、言うことは、わずか1万円で血まみれの布団に虫の死骸だらけの部屋に泊まれると言うことですか!。
ハハァ〜ン!

半額でヨカッタ。


「古い宿」と「不潔な宿」、「こだわり」と「自分本位」は違いますので、早く改心して真っ当な商売をしてくれる事を祈ります。
あと、客の前でパンツ一丁でウロウロするのもどうかと・・。
でないと「センチネル」の幽霊オヤジに間違われます。(マニア向け?)


ともあれアラマントニュースのネタには困らないと言った点においては「星5つ」でしょうか?。
どうしても泊まりたい!・・と言う方には住所教えます。
・・・・もっとも、行ってみたら廃墟で「ああ、10年前にご主人が錯乱して従業員を皆殺しにして火を放ったのですじゃ・・」とか(エアガン持った)老婆に言われるかもしれませんが??。


(8/30) 浅間山へ行く

朝、朝食をとるため食堂へ行くと昨日までの2グループはチェックアウトしており、
ついに貸し切りとなってしまいました。
手伝いの老婆2人も家へ帰してしまったそうでますます静まりかえる「小川苑(仮名)」でありました。



浅間山でよく発見される
・・と言うエイリアンの卵

一応博物館なんだから
ウソはアカンよウソは!
今日も再び軽井沢を抜け浅間山へ出かけました。
まずは町営の「浅間火山博物館」と併設のハイキングコース「鬼押し出し浅間園」へ行きました。
こちらの博物館は結構大きな施設で地底探検風に火山のしくみを説明すると・・といった内容でしたが地底に宝石満載のエイリアン卵群があったりなぜか「幻想世界」となっており科学的展示のはずが訳の分からない世界となっていました。
併設のハイキングコースは1周1時間程度でさほど起伏もなく手頃な距離で途中「ヒカリゴケ」なるものも見られます。

「鬼押し出し浅間園」入り口にある「浅間記念館」と言う浅間オートバイレースの記念館で「世界GPを転戦したゴーグル」と題して展示されていた飛行眼鏡。

その後隣の「鬼押し出し園」にも行ったのですが、こちらのコースは奇岩の数々がダイナミックで途中、観音堂があったりお店も充実しており、町営「鬼押し出し浅間園」危うし・・?!といった感じでした。
こちらでも夏休み企画として「世界のカブトムシ・クワガタムシ大集合」・・みたいな展示があり見てきましたがこちらは「群馬サファリ」と異なり施設内は明るく展示も見やすく対照的な仕上がりでした。
ことらの目玉は「実際にさわることが出来る」事で、日本産のカブトムシなどは床に置かれた木の囲いにウジャウジャおり、逃げ出したムシが床を歩き回ってウッカリ踏みつぶしそうでした。隣の部屋では外国産の数万円するカブト・クワガタが放たれており、こちらはつまんで持ち上げてはいけないとの事でしたが、基本的には触れる展示でチビッコ達には好評でした。


かつて村もろとも数千人を飲み込んだ浅間山


中央付近に光っているのがヒカリゴケ
外光を反射して光るので結構明るい。

宿へ戻ると入り口のカウンターの上に「マルゼン工業製電動エアーソフトガン H&K MP-5サブマシンガン」がドッカ!と置いてありました。
マガジンは2本をテープで留め実践的カスタマイズがされています!一体これは!?。

そこへ老婆が通りかかったので訳を聞くと「サルの襲撃に備えてみんな持っていますじゃ・・」との事。なんでも4〜50頭のサルが集団で山を下り作物を荒らしたり旅館の窓にたかったりするそうで、なんと市役所から支給されているそうな!。「でもサルは賢くてアタシが銃を持って飛び出してもサッサと射程外へ逃げてしまうのです」そうつぶやくと、やわら銃を取り腰だめに構えると
「ダダダダダダダ!!!!!」
・・・・・・と森へブッ放しました。(支給されている所まではホント)

その夜、最終日とあり意を決して(?)露天風呂へ行ってみました。
今日は電気がついており草むらを通って露天風呂の小屋へ辿り着くことができました。
小屋の中は脱衣所、洗い場、湯船で4上半ほどの広さで脱衣所は明かりがある物の湯船は墨汁を満たしたように真っ黒です・・・・。
確かに湯船に入ってしまえば照明が届かないので外からは見えないようですが、ライトアップされた脱衣所からは外がよく見えます。

サッサと服を脱ぎ、暗闇の中 足で岩を探りながら湯船に身を沈めました。
なんか・・・・変です・・・底の異様な質感にビックリ!

底は厚みのあるヌルヌル層で覆われており
お湯は金魚鉢のような生臭い匂いがします


「きゃぁーーーっ」私はタオル一枚で草むらを駆け抜けると旅館内の風呂へ直行しました。

暗闇ヌルヌル風呂より虫が浮かんでる明るい風呂の方がまだましです。


(8/29)軽井沢へ行く

朝、朝食の後、奥さんが「小川苑(仮名)」のパンフレットを持ってきました。
見ると写真がスゴク良く撮れており、「古いながらも手入れの行き届いた高級感ある老舗の宿」風・・です。施設概観などもすばらしく相当フォトショップで手を入れたか、ハリウッドSFX並みのフルCGIか?!・・と思わせる出来です。そしてその写真の上には
「本格木造建築」・・の文字が躍ります!。なるほど・・本格木造建築には違いない・・・。
しかし窓のサッシまで「本格木造建築」であるがゆえ、後に恐怖の体験をすることになるのでした・・。

今日は、軽井沢を廻る予定で9時に宿を出発し、途中の森でカブト虫など探しつつ(幼虫1匹をGET )10時頃軽井沢へ到着。

目的地の一つである「旧三笠ホテル」を見学。
「旧三笠ホテル」は1906年に立てられた木造ホテルで戦時中は外務省の軽井沢出張所になったりしました。「紺碧〜」の海軍技術研究所シーンで使う廊下背景の合成用素材を撮りに来たわけです。
ですが、人気のスポットですので廊下に人の姿が無くなるチャンスは極めて僅か。数十分廊下の端で待ち、何とかビデオとバックアップでデジカメ撮影を行いました。

その後、定番のサイクリングをするため自転車を借りて2時間ほど森を周り、軽井沢銀座の「ミカドコーヒー」でモカアイスを食べ、ガイドブック通りの(?)観光を終了。
18時の夕食に間に合うよう軽井沢を後にしました。

「小川苑(仮名)」の部屋へ戻ると敷きっぱなしの布団の上に小さな黒いモノが沢山落ちていました。
ゴキブリなのか何なのか・・何かのフンには違いありません。
窓際のイスに座ろうと板の間に足を踏み入れると何か小さい物を踏んづけました。
フト下を見ると無数の羽虫が死んでいるではないですか!!!
とても拾える量でもないので旅館に掃除機を借り、全部吸い取りました。
どこから来たのかと窓を確認すると本格木造建築だけにサッシも木造で、窓の隙間から入ってきてしまうようです。見てる先から今度は
アシナガバチがギリギリと侵入しつつあり、すかさず掃除機で「スポンッ!」と吸い込み抹殺しました。
窓は閉めても僅かな隙間が開く為、1枚のアミ戸を残しネジ式の鍵をでガッチリと隙間を固定しました。

これでなんとか虫たちの侵入を防げるでしょう・・・・。
さすが本格木造建築・・しかし虫の攻撃には極めて弱い!。


(8/28)群馬旅行の行方

今日から3泊4日で群馬です。
宿は結局インターネットの予約専門ページで探し、下仁田の「小川苑(仮名)」と言うところに予約を入れました。
ともかく予約が取れることが最優先でしたので、「利用者の選ぶ宿」で成績が良く「安い」と言う基準で選びました。
よって今回泊まる事になる下仁田なる地域も全く未知のエリアで、軽井沢の近く(実際は峠越えで40分かかった)程度の認識で、あとは高速のサービスエリアで観光雑誌でも買って研究しよう!・・と言う場当たり的旅行となりました。

朝、浦安を7時出発、関越、上信越自動車道を北上。大した渋滞も無く9時半頃に第一の目的地である
「群馬サファリパーク」に到着しました。


ヌー
群馬には、「動物園にいそうでいない動物」である「ヌー」と「オジロジカ」がいますので是非とも行って見たいところでした。(那須と東北サファリパークにも「ヌー」がいます。)「アフリカで連想する動物・・」と言われればライオンやキリン、象やインパラ、ハイエナと続いて連想する動物ですが、インパラ、ハイエナも同様、意外と動物園にいない動物です。
上野動物園にもインパラ、ハイエナ、ヌーはいません)。
オジロジカも同様で、アメリカ大陸で広く分布し、これまた「アメリカ大陸で連想する動物を・・」と問われればバッファロー、ワピチ(エルク)、プレイリードック・・・オジロジカ・・と連想するのですが、これまた日本では希少です。鹿は動物園に必ずいますが、殆どがインド周辺に生息するミュールジカのような気がします。


で、「群馬サファリパーク」の特色は、観覧車やジェットコースターなど遊園地が併設されている事と「ワニのから揚げ」「ダチョウの串焼き」がレストランで食べられると言うのが動物園マニア(?)的には興味深いところでしょうか??。(東北サファリには「秘宝館」があり人間までカバーしている!?)
「サファリ」の方は「那須」の様に「餌をあげてOK」ではないので車が襲われる事はありません。

ちなみにウチの車は昨年 那須で襲われて窓のパッキンが食いちぎられ未だブラブラになってます・・・。


その他、群馬で変わっているのは、「サファリ」の途中のエリアでパーキングがあり「動物ふれあいゾーン(ウォーキングサファリゾーン)」がある事です。
これなら「猛獣ゾーン」で尿意を催し最悪の事態を迎えることも無いわけです(!)。

今年は10匹を超える
プレイリードックの
赤ちゃんが誕生した!
動物園での繁殖率は良いらしい。

土産物屋のプレ人形
上野のより良いが・・
〜やっぱり似てない!
一応プレマニア必見

巨大プレ人形身長1m!
(非売品)
もう何の動物か判別不能

プレマニア必見

さて、アフリカゾーンでは早速「ヌー」を発見。写真に収めました。「那須」と同じく2頭だけなのか他には見当たりませんでした。残念だったのがアメリカゾーンでは大量のワピチが群れをなし「オジロジカ」が見つけられなかった事でした。雄と雌の体毛の違いを見たかったのですが・・・・残念です。

遊園地エリアでも鳥の展示と昆虫の期間特別展示があり見てきました。
昆虫の方は仮設っぽい施設で50cm角程の箱に内外の「カブトムシ」「クワガタムシ」を入れて見せると言ったイベントでしたが入園無料の遊園地エリアにあるせいか入場料400円だそうで、施設はいかにも仮設&手作りで、室内も薄暗く割高感倍増。
遊園地の施設も古く、客が少ないのもあいまってかなりションボリした感じで、係員の手持ちぶたさが印象的。
鳥コーナーは入り口に「入場料100円」と控えめに書かれた料金箱があり「野菜無人販売所」のノリ。
「入れなくても良いみたいですよ!」・・・と親切なおばさん(勿論従業員ではない)が助言してくれましたが、一応100円入れて見てきました。
内容はというと・・・100円なら妥当でしょう・・・と言ったレベルです。

唯一人気だったのが「ホワイトタイガーと写真を撮ろうコーナー」で、富士サファリの「赤ちゃんライオンと写真を撮ろうコーナー」同様、撮ってきました!。
しかもバブオさんのリクエストによりホワイトタイガー、ノーマルベンガルトラ、加えてオランウータンの赤ちゃんと撮ってきました!。
写真は市販の小型デジカメで撮影し、エプソンのインクジェットでプリントし台紙に張ってくれるといった物で、イカしてるのがデータをフロッピーでくれる事です。
勿論有料で撮影とデータで600円。プリントするとプラス300円でした。ただ、プリンタヘッドのクリーニングを余りやっていないらしく、ちょっと線が気になるのと、プリント品質がちょっと荒い事。Winは詳しくないので分からないけど256色で印刷されてる気がします。
オランウータンと写真を撮ったとき左手をカジられ
チューーー・・・っと猛烈に吸われました。
まぁ私はモルモルにカジられ馴れてますので(?)この程度では動じませんが、動物に噛まれたことの無い人は結構驚くのではないでしょうか。
ウチの奥さんもカジられたらしいですが、これまた全然動じないので隣にいて気づきませんでした。トラにカジられたらサスガに驚くと思いますが・・・こちらは非常によく躾られてました。

ホワイトタイガーの「ユリ」

ベンガルトラの「スクマ」

おさるの「ワヒュ〜」
「ウヒョ〜」ではない。


この施設の外には「3Dシアター」との看板が見え、中にスクリーンもあるので元は劇場だったようです。
こういった「前の施設を使いまわしてます」的演出が貧乏臭くて良いですね。
もうひとつウケたのが、プレハブみたいな建物で(またも)薄暗い中に入るとガラスの陳列ケースの中に動物の骨が入っていたり、薄暗い奥に中型のアフリカ象と思われる全身骨格標本が置かれていたり、中央には素人細工に茶色に塗られた女性のマネキン人形が槍と盾を持って「記念写真をドウゾ」的に転がっていたりとかなりマニアックかつ奇怪な施設でした。


アフリカ象の骨格標本・・
なんか不気味


その前には謎の
アフリカンガール
さらに不気味

サファリパークを後にし、チェックインまで時間があったので近所の溜池にあるボート乗り場へ行きました。
こちらは公共の施設なのかコザッパリした受付でスワンボートを借り優雅にボート遊びとしゃれ込みました。
池は森に囲まれ、水深は25mと深く不気味な緑色を湛えています。
突如、池の中央部で急に水面が盛り上がり大量の泡が噴出し波紋が広がりました。
「スワ巨大未確認生物!」と思いましたが、単に藻の発生を抑える酸素供給設備でした。

さて、いよいよ本日の宿泊地である下仁田へ向かいます。
旅館のホームページから地図をプリントする予定だったのが、突如MacのUSBがダウンし印刷できなかった為、場所をマーキングしたカーナビだけが頼りです。

どんどん車は山奥に進むと「小川苑(仮名)右」の看板が見えますが・・・・宿のホームページから控えた位置ではもう1本先の道になっています。
どうも不安ですが現地のサインが間違ってるとも思えないので曲がりました。
しばらく山道を上ると、山間部でよく見かける数件の村落があり、はずれに「小川苑(仮名)」がありました。
HPの概観写真が載っていましたが森に覆われ良く分かりません。
小川にかかる橋を渡り、開放された玄関を見ると旅館の中は真っ暗で人気が無くイヤ〜な感じが漂っていました。

そこで、前に恐怖漫画家の呪みちる氏より聞いた「人喰い宿」の噂を思い出しました。
それは、とあるカップルが、たまたま駅に張られたチラシの宿を予約して行って見るとそこはトンでもない幽霊宿で、さんざん恐ろしい目に会って逃げ出し、通りがかったタクシーを呼び止め訳を話すと「その宿は何十年も前から廃屋になってる」・・と聞かされ翌朝行ってみると廃墟となった旅館が建っておったそうなトッペンパラリノプウ。
(1人だけ脱出に成功し後日恋人を探しに行くと廃屋の中で死体となっていた・・と言うバリエーションもあり)
s〜と言う噂です。

それはさておき
覗き込むとホテルのようなカウンターは無く薄暗いロビーは廃屋のようです。
注意して奥を覗き見るとなにやら人影が動くのが見えました。
暗い廊下を進むと何故か突き当たりが巨大な鏡となっており、それに反射して対面にある厨房の中が見えていたのでした。
覗き込むと厨房の奥で老婆が2人興奮して何かをしゃべっていますが良く聞き取りません。
映画サスペリアで主人公のサラが寮に隠された秘密の区画に入り込み、
厨房で太った女を覗き見るシュチュエーションに似ています。


・・そんな場面を思い出しつつ入り口に戻り、改めてカウンターの上を見ると「御用の方は鳴らしてください」と言うメモの横に小さなベルが目に留まりました。
ロッテンマイヤーさんとかが女中を呼ぶあれです。
「こんなものを鳴らしても誰に聞こえると言うのだろう・・」そんな疑問が頭をかすめましたが・・・・
とりあえず鳴らして見ました。

「ちりーん・・ちりーん・・」
せいぜい3mほどしか聞こえないでしょう・・。

やっぱ作戦変更。
「チョット!スミマセン!(怒)」老婆に聞こえるよう怒鳴るとチェックインしました。
念のため予約を確認すると「大人2名、子供1名」で予約されているとの事でまずは一安心。

ひんやりとした暗い廊下を通り階段を上った部屋に通されました。
ふすまを開けるとムッとした熱気と共にカビ臭い臭気を吸い込みました。
!・・・エアコン無し。
しかも、この繁忙期にしばらく使ってない気配です。
エアコンのかわりに扇風機、内風呂無し、便所共同、引き戸の多くは老朽化により相当硬くなっています・・・。

まあ・・温泉宿だし風呂さえ良ければ・・と早速風呂に向かいました。
露天風呂があると言うので窓から覗くと、森の手前の草むらに崩れそうな囲いがあり、そこが露天風呂のようです・・。
川をはさんだ15m先には一般道がありその向こうが畑と農家があり農作業をしている老婆の姿が見えます・・・・。
これでは住宅地の真ん中で風呂に入るようなモノ・・・そんなわけで露天風呂はパス!。


夜はライトアップされさらに奇妙な事になるでしょう・・。
・・・・・これがインターネットでベスト3の宿????。
ホントにここがそうなのでしょうか!!!!!。


不気味に静まりかえる廊下

屋内の風呂場は・・・と言うと狭いながらも、いい感じです。
早速、入り蛇口をひねると・・・今度はお湯が出ないじゃないですか!。
しょうがないので洗面器で湯船の湯を使い体を洗い、岩風呂につかると・・・・水面に小さな芋虫や羽虫が浮かんでいます。
「わ〜〜〜っつ!!」これは相当客が来ていない・・・と言うかホントに「人食い宿」では!?

後で老婆に水道の件を伝えると「社長が出かけていて操作に詳しいモノがいない、使い方を聞いたが1度聞いただけで分からない」・・・そうで、「壊すとマズイので触れない」そうで「社長は明日帰る予定」だそうで・・。
・・・・つまり水でガマンセヨと言う事ですか?????。

夕食は18時からだというのでバブオさんの付き合いで虫探しへ出かけました。
宿の前を通る道は裏山の頂上付近まで続いているようですが、崖崩れのため数年前に閉鎖され通行禁止となっているとの事でした。
道は普通の5m道路でちゃんと舗装してあり問題なさそうなのでしばらく登ると、山の一部がまるで道のように幅5mで頂上まで削られたようになっていました。これが崖崩れの後のようです。
もう少し進むと、山側に「木材搬出道につき立ち入り禁止」と書かれた分かれ道があったのでそちらへ進むと、程なく舗装が無くなり、道も草に覆われていきました。
途中、幅1m程の小川があり急勾配で上に伸びていたため、奥さんとバブオさんと分かれ、水路を登って見ました。
長年水が流れたいたせいか、下はツルツルで少し登るとまるで木のトンネルのように上へ上へと続いています。
ただ、水路や周りの岩場がヌルヌルした物質で覆われており、こければ巨大な滑り台と化しそうだったので引き返しました。
結局、獲物はトンボ2匹にモンシロチョウ1匹と言う寂しい有様で宿へ戻りました。

食事の時間となり、広間に出向くと夕食が3グループ分出されていました。
本日の宿泊客は3グループのようです。
食事のほうは、名物コンニャクを使った「コンニャクのサシミ」炊き込み御飯、定番鍋物、その他細かい物少々と言った感じで、豪華でなく貧乏臭くも無くまあまあでした。

部屋へ戻ると布団がひかれていました。
一般的なホテルでは気にしませんが、「個人経営の宿泊施設」に泊まる時いつも気になり調べる事があります。
それは
「布団に血がついていないか?」と言う事と「枕が臭くないか?」・・・と言うことです。
「個人経営の宿泊施設」の場合たいてい小さな「血痕」が見つかります。
私的には血痕の数でランキングを決めても良いくらいです。
はたして「小川苑(仮名)」はいかほどか?


ズバリ期待を裏切りません。
2つひいてあった布団の掛け布団のうち「布団A」に3個所、「布団B」にいたっては5箇所以上それも20×40ミリの特大と言える
血痕が2箇所認められました。
・・・・新記録です。
外国のホテルは正にサービスによってメイドが賃金を得るためか、床がエアコンの故障で湿地帯になってたり、窓のカギが破壊されていたりと言う「施設的不具合」には遭遇しましたが「シーツの血痕」を認めたことはありません。
日本ならでは(?)なのかもしれません。

夕食後、例の露天風呂へ入りに行ったのですが電気がつかず文字通り真っ暗で訳がわからず露天風呂チェックは断念しました。

それでまた岩風呂に入ったのですが、お湯の蛇口を1分ほど出しておいたらお湯が出てきました。
つまり「単に客が少ないのでお湯が回りきっていなかった」と言う事です。
まぁ、常時お湯を出しておけばこう言う問題も無いのでしょうが・・・・・岩風呂の入り口に
「節水」と張られているくらいですから贅沢は言えません。

その後、奥さんとバブオさんがカブトムシを探しに行くと言って、夕方行った立ち入り禁止の道を登って行きましたが「山の中で変な声がする!」・・とバブオさんが怯えるので早々に帰ってきてしまいました。
午前0時をまわると気温が下がるようで、それほど蒸し暑さもなくなりましたが、あと2泊もしなくてはなりません。
どんなことが起こるやら・・・。

アラマントニュース用のネタならもう十分です。


(8/25)サバイバーパンクス4thライブ観劇!
     &シカゴレジメンタルスへ行く

今日はサバイバーパンクス4thライブ「CRAZY GUNMAN GO TO HEVEN」を見に行きました。
今回のライブは「マカロニウエスタン」!狭いミニシアターに無謀とも思えるデッカイスケールのストーリーをぶつけるサバイバーパンクスですが、今回はミニシアターに西部の風が吹き抜けました。
う〜ん役者の力ってスゴイね・・。

次回公演は12月末だそうですので興味のある方は是非お出かけ下さい。
サバイバーパンクスのホームページはこちら<<アラマント社と相互リンクしています。


アラマント社で
オープニングタイトルを作らせて頂きました

帰りに、かねてから行ってみたかった日暮里にある「シカゴレジメンタルス」へ行ってきました。
ここは無可動実銃の店で、発射機構を取り除き日本で持てるようにした実銃を海外から輸入販売しています。
「コンバットマガジン」の広告で品揃えの豊富さは知ってはいましたが、実際に店内にはいると古今東西のサブマシンガンから対戦車ライフルまでスゴイ量の銃器が並べられており、これはもう博物館と言ってもヨイでしょう。


実は今回初めて「無可動実銃」なるものを見たのですが(実銃と接する機会の方が多かった・・)無可動実銃なる実体にチョット驚きました。「無可動実銃」と言うと外観はそのままで銃口を塞ぎ発射機構を溶接又は取り外した程度の物を想像していたのですがオウム事件以降加工が厳しくなったようで、ライフルの場合薬室は開放して溶接、トリガーもついているだけで全く作動せずブラブラか固定状態となっていました。
いずれも状態は良く希少な銃ですので機能を壊されて外観だけとなってしまうとはなんとも複雑です。


当初はモデルガンを考えていたのですが物によっては無可動実銃の方が安い事が分かり、どうせなら本物・・と良い物があれば衝動買するつもりで出かけましたがこの加工を見て急速に購買意欲は萎えてしまいました。

私のように外観や機構にソソられる者には向かないようです。

折角行ったので、30年式の合法物銃剣を買ってきました。
こちらも銃刀法に抵触しないよう刃は10cmごとに3分割されています。


(8/24)アラマント社飛行船就航

B-17CD-ROMの量産とラバウルビデオの追加注文分の発送のため郵便局へ行く機会があったので、郵便局近くのラジコン屋にてかねてより狙っていた飛行船のラジコンを購入しました。このラジコンは部品と言っても風船と小さなゴンドラそれと小型のプロポがつく程度で箱も40cm角厚さ7cmと小さいので原チャリで寄ったわけですが、いざレジへ持ち込むと「ヘリウムガスが別になってます」と言うので持ってきて貰うとナント!50cm角、高さ1mの巨大なダンボールでした。側面に描かれた「ヘリウムガスの入れ方」によると、この巨大な箱の中にビニール袋入りの未圧縮ヘリウムガスが入っているらしいことが分かりました。
・・・・・魚の風船やエアーガン用のフロンガス缶のような容器を想像していたのでビックリです。
とうてい原チャリに積める大きさではありません。
しょうがないので一旦家に帰り、車で引き取りにくる事になりました。
店で在庫するのも大変なことです。(ダンボールごと浮かんだりすると収納に便利そうですが・・)
ヘリウムを持ち帰り組み立てると50cmくらいかと思いきや意外と大きく全長は1m近くに達します。
両面テープでペタペタと翼とゴンドラをエンベローブ(風船)に張り付け、付属のポンプでヘリウムを入れれば完成です。
シュポシュポとヘリウムを入れるとやがて浮かび始めます。
満タンになると降りてこなくなるのでバラストを取り付けます。
ゆっくり降下する程度に浮力を調整しスイッチを入れると、快調に飛びました・・・んが、サイズがサイズだけに我社のリビングでは手狭です。しかし、エアコンの前に来ると強力な偏流に流され、ロフトに通じる吹き抜けでは上昇気流が発生しているらしく上空に吸い上げられ、暑い天井付近では浮力が増し降下できなくなる魔のサルガッソ空域と化すなど、狭いリビングにも「空の冒険あり」です。
遊び終わったら付属の係留マストを取り付け係留すれば、なんともSFちっくな感じではありませんか。


係留中

(8/23)家族旅行の行方は・・・

来週、毎年8/28のバブオさん誕生日に合わせ旅行へ行く予定が今年は未だ行き先が決まってません。
沖縄で考えていたのですがいざ申し込みに行ったら国内旅行のパッケージツアーは8日前でメ切りと言う取り決めがあるらしく、来週の木曜出発ではアウトだそうです。
パッケージツアーであれば往復航空運賃とホテル込みで5万程度であるのに対し、通常料金では航空機往復のみで1人7万かかってしまいかなり問題外の予算オーバー。
チケット屋で株主優待券も検討しましたがイマイチ安くならず。
元より飛行機の空席状況を調べたら8/31の那覇>羽田はほぼ全滅状態であることが分かり、先行して予約確認をしていた沖縄のホテルはキャンセルすることとなりました。
沖縄県平和祈念資料館の「幼子に銃剣を突きつける日本兵ジオラマ」を見たかったのですが残念です。
車で行ける所となると・・どこにしよう。

(8/20)嬉しい悲鳴続出!輝くハイテクメカ増殖&ギリギリセーフ!すだれ入手

「電気製品群大量故障」期間からやや遅れて車のナビが壊れ(電源を入れると「キュ〜ンキュ〜ゥ〜ン--ギュワァァァ〜ン!!!!」と加速するとてつもない金属音がしたかと思うと突如「キュゥンッ!!!」という鋭い効果音と共にディスクが止まり・・・・ケロッとして「ディスクを入れてください(怒)」とのメッセージが出る)修理に出していたモノが戻ってきました。今回も部品3点を交換し代金16000円也。
・・・・(*タメイキ*)。

出費は痛いものの密かな幸せが、交換された故障部品戻ってくる事。
いつの頃からかSONYは交換済み部品を添付して戻ってくるようになったのですが、あれはどういう趣旨なんでしょう??。
故障部分の証拠なんでしょうか?。なんかゴミを押しつけられるような気がする反面
歴代の部品をどうも捨てられずコレクション(?)しています。
特に今回のCD用光学デバイスはカッコイイデザインです。

今回のお宝はこれだ!

前にも書きましたが、最近の修理は殆ど「アセンブリ交換」なので「形」を保った部品がどんどん増えていきます。
使用頻度が高いのか?取扱が粗雑なのか?それとも壊れやすいのか不明ですが、同じ機械が何度も壊れますから、
デジカメなんぞはもう一台作れそうな勢いです。

Appleの修理は交換してから調べるのか、2次的な流通を避ける為なのか知りませんが「交換部品は返却しません」とあらかじめ明記されてます。どうも「疑わしきは交換セヨ」みたいな体制ですから壊れてない「交換済みパーツ」が大量に出てるはずです(前回のDVDドライブのように・・)。交換済みパーツ戴けないのは残念(!?)です。


それはさておき・・。
すっかり秋めいてきてしまいました。そう・・・遅れに遅れている撮影を再び軌道に乗せねばなりません。
戦闘機撮影が終わり次はラバウル航空指揮所と兵舎の撮影ですがセット制作に必要なスダレを購入し忘れており、油断していたらすっかり町は秋物一色になってしまいました。
大量のに在庫していた葦素材のスダレやカーペットは姿を消し、暖かそうなカーペットが並んでいます。
ヤバイ!。イトーヨーカドーをくまなく廻り、やっと見つけた季節モノ在庫処分でなんとか入手しました。
あと1週間遅れたらなかったでしょう・・・。
やばかった。


(8/19)B-17フィールドサービスマニュアル デジタル化出来!

もう半年以上前、F氏よりB-17爆撃機のフィールドメンテナンスマニュアルを借りておりました。
これは1940年代に発行されたそのままズバリ、整備マニュアルですが本の構成やデザインが実に良くできており3色刷りながらとても見やすい内容となっています。当時の日本軍で使用していたマニュアル「機体取扱説明書」は手書きガリ版刷りですから「商業誌」と「遠足のしおり」並の差があります。このマニュアルは希少で発見されても高価なのでオリジナルからの電子化をさせてもらうことになったのですが、全部で600ページありなかなか作業が進みませんでした。
しかしながら、希少本を半年以上借りておくのも忍びなくお盆の3連休を利用して一気にスキャンを行いました。
120ページまではスキャンが終わっていましたが、残りの480ページの取込と全600ページの傾き修正とトリミングがあり、それぞれ1ページ2分でかたづけたとしても20時間、残りのスキャンが1ページ1分として8時間です。
フィーダーが使用できず手動での作業となりましたので30時間耐久マラソンの様で疲れましたが、素材の仕上げを終えWEBに組んでみたらなかなか良い感じです。
オリジナルの装丁に習い型押し風のパッケージを作り何とか完成しました。

それにつけてもこの仕上がりと内容・・・・当時の日米格差には泣けます。


脱出経路と順番説明図

(8/19)レンジャーの構え

縁合って、元陸上自衛隊のレンジャーだった方が来社しました。プロップスの99式機銃の話しをして「1号ですか2号ですか?」と聞くくらいですから相当なものです(零戦などの翼に搭載されたエリコン社の20MM 機銃で大きく分け1号銃と2号銃があった)。私の作業部屋には資料やプロップガンが多数散乱しているのですが壁に立てかけてあるM-14ライフルをひょいと手に取ると「64式は精度が良くて200M離れて10CMの的に余裕で当たりました」・・と構えました。
先週のM-1射撃が75Mであんなもんですから、やはりプロは違うな・・となにがに目を向けたとたん。
射撃姿勢が驚くほど整い全身から「ビシビシと刺すような殺気を感じました!」(恐怖マンガつながりで黒田みのる風)
スゴイ!凄すぎるレンジャーの構え・・・・。
たかが「構え」でビビリを感じたのは初めてです。
極めた者が持つオ〜ラと言うモノでしょうか・・・何事も極めんとすれば奥が深いものです。

(8/16)恐怖専門学校受講

今日は渋谷のアップリンク・ファクトリーでソフトマジック主催による「恐怖専門学校 第二夜」に出かけました。
日中、横浜へ出かける用があり豪雨の横浜駅を発ち渋谷に降り立つと雨はおろか路面は乾き、重装甲のコウモリ傘を持つ私はチョット変な出で立ちになってしまいました。若干時間があったので、次回撮影用に探している「"アジロ"テクスチャー付き壁紙」を求め東急ハンズに行くと、サスガはハンズ。すぐに見つかりました。
久々のハンズだったのでグルグル回っているウチに時間いっぱいとなってしまい、急いで会場に駆けつけると開演5分前、席はほぼ満席でした。最後席では御茶漬海苔氏がビデオの準備をしております。そう、今日はウワサの御茶漬海苔氏監督による恐怖映画も上映されるのです。

このイベントは3夜あり、日本の怪奇マンガ界の土壌を育て上げた「ひばり書房」に焦点をあて現在怪奇漫画界を語る試みで、まずは大御所日野日出志氏、呪みちる氏の対談。御茶漬海苔氏の「ハッピーバースデー」上映とトーク。そして呪氏による「お子さま向け"ものしり本”怪奇百科シリーズの考察」講義が行われました。
日野日出志氏による「地獄の子守歌」「赤い蛇」等代表作は当時の少年少女に重大な精神的ダメージを与えたと思われます。氏は満州チチハルの生まれ(?)で危うくソ連兵に殺されそうになった体験の持ち主で戦後の混乱期、朝鮮戦争、安保、公害、と現在からは「暗黒時代が生み出した」とも言える傑作恐怖マンガを送り出しています。
特に、「地獄の子守歌」の制作秘話はあの作品を生み出すに相応しいバックグラウンドを秘めている事が分かりました。
私は傑作恐怖マンガの魅力は人間の抱く様々な恐怖の解消策として「恐怖を手なずける」事を目的とした自衛的アプローチではないかとかねがね思っておりますが、「地獄の子守歌」は当時の日野日出志氏が抱く恐怖の精神世界を呪いを込めて綴るられているのと同時に、最高のエンターティメントとして仕上げるべく緻密な計算がなされていることに、氏の天才的創造術を垣間見る気がしました。

現在は様々な刺激物がちまたに溢れ刺激に対し鈍感となり、安易に刺激を与えるべくより強い刺激を与える恐怖マンガがある一方、原始の脳を刺激しDNA に刻まれた恐怖を引き出す手法こそ「正統派怪奇マンガ」でありましょう。
そう言った意味で日野日出志を継ぐ御茶漬海苔、伊藤淳二、呪みちるの3名は数少ない「恐怖」の語り手なのです。


(8/11)富士総合火力演習全滅!!

やっと仕事も終わり帰国です。心配性の私が渡航前から想定する「最悪の事態」は「寝坊して飛行機に乗り遅れる!」と言うシュチュエーションです。5月のラバウルもそうでした!(起きたら集合時間だった)。昨日も結局またデズニーランドへ買い出しに出かけたりしていたので、パッキングをしたりワープロ打ってたりしたら12時をすぎてしまいました。
昨日も仕事最終日と言うことで気がゆるんだのか、朝4:45ロビーで通訳と待ち合わせるハズが起きたら4:30で、バッ・・と着替えて部屋を飛び出したらサイフも部屋の鍵も一式忘れて(さすがにズボンは穿いていた・・)、セキュリティにドアを開けて貰う始末!。・・・もう心配で寝付けません!。〜等と心配してたらずいぶん早く目が覚めてしまいました。
チェックアウトを済ませ、レンタカーを返却し空港に着いたのが3時間前。
余裕です。
空港で醤油ラ〜メンを食べお土産を買ったりして時間を潰しました。

帰りも勿論、大韓航空で機内食も再び「ビビンバ」をチョイス。
映画は、「白い犬とワルツを」とか言う近頃珍しい(?)陰々滅々としたお涙頂戴映画で酷く癇にさわりイライラするので無理矢理寝ました。飛行機で見るには最悪のチョイスでしたなぁ〜。

・・で、成田に到着。
家に帰って訳ですが、大数のハガキにビックリ。何かと思えば「富士総合火力演習」の申し込みハガキの返信で、全て「応募多数により、厳正な抽選の結果、残念ながら選にもれました」・・・と言う内容。
1枚くらい当たっても良さそうなモノだが・・・・。かくして千円の投資は実らず。現実は厳しい!。


(8/7)山奥の射撃場でM-1を撃つ

そんなわけで(?)毎朝5時に起きて6時ホテル出発、フリーウェイを100KM近く飛ばし通勤してます。地元の人に「なんでアナハイムなんかにとまってんの??」とか「ロサンゼルスの渋滞をナメてる」とか散々脅されましたが、なぁ〜んて事はない。日本の渋滞にくらべたらまだまだアマちゃんです。たまに止まるけどなにしろ道が広いからユルユル進みます。これが「耐えられない渋滞」なら海水浴帰りの16号なんぞハマったら気が狂うことでしょう。(ローカルすぎる??)
それはさておき、今日は仕事帰りに(さらにアナハイムから逆方向にある)鉄砲友達のポッテン氏(仮名)の家に遊びに行きました。と言うのはポッテン氏は最近 M-1ガーランドを買ったという話しを聞いていたからです。まさかこんなに早く会えるとは思っても見ませんでした。
ポッテン氏の家は1930年代に立てられた平屋でことごとくニクイくらいオシャレなんですよ。
デカイ犬が2頭もウロウロしていてガレージにはピンボールがあったり、地下室があったり正にアメリカンな住宅なのです。カッコイイよなぁ。

ライフルはポッテン氏コレクションからメインのM-1、ポッテン氏お気に入りのスコープ付きG-3をチョイス、車でさらに北上すること1時間。山の中にある巨大な射撃場につきました。
安全対策のため、射場への立ち入りはゴーグルとイアプロテクターが必須です。受付で「私は安全対策を守り、事故が起きても一切の責任を持ちます」〜風の誓約書にいくつもサインを入れ、いよいよ射場へ入ります。

手前が拳銃、奥がライフル、散弾銃に別れており、スキートやトラップは別の射場に別れています。
拳銃コーナーでは小学生くらいの子供がお父さんに習い小口径の銃で鉄板製の動物を撃っています。
うーんアメリカならではの家族サービス???。

奥では、大口径の猟用ライフルが大音響を発しています。


ステカンに的を貼る


日本人にはチョッチデカイ


的は、受付で「ステカン」のような看板を借り、適当な的をテープで留めます。
数十分に1回「射撃止め!射撃ブースから退去!」の放送が入り射撃場の検査係が1丁1丁射撃ブースに置かれた銃が装弾されていないか確認します。確認が終わると「的を代えてヨシ!」の放送が入りレンジ内の立ち入りが許されます。レンジ内は跳弾を防ぐため砂地で25M、50M、75M、200M(?)地点に「ステカン」を立てる枕木はあり自分で設置します。全員が射撃ブースへ戻った後、射撃再開となります。まずは25Mに的を置きG3で射撃します。次にM-1で撃つと古い銃だけに重く反動もやや強めです。その後75Mに的を移し交代で射撃しました。結果はと言うとサスガ、ポッテン氏は5CMにキレイに収束しているのに対し、私は15CMにバラバラ散らばっています。・・・マケタ。
その後、隣で撃っていたおじさんが狩猟用のライフルを撃たしてくれるというので撃ってみました。
ボルトアクションでスコープ付きです。普通に構えたら「反動でスコープがぶつかる可能性がある」などと脅されるので やや離し気味に撃ってみました。「ドカ〜ン!!!」・・・確かにM-1の3倍くらいの反動があります。そうしたら「ショットガンも撃ってみる?」と12番の自動銃を貸してくれました。ウ〜ム・・座って散弾を撃つのは初めてです・・。12番の反動は強く、馴れるとマグナムなんぞ物足りないくらいですから。両肘と頬付けをしっかり付け、気持ち前傾に座り直し引き金を引くと・・「ドッカッ!!!!!!」これこれ、散弾銃ならではの反動です。散弾の自動銃は初めてですが上下2連と比べると若干マイルド・・・と言った感じでしょうか。

帰りにポッテン氏宅で晩飯を御馳走になり、5号をすっ飛ばして帰りホテル23時着。
明日も6時出勤ですが、一式陸攻見てM-1撃てたからもうOK。お仕事がんばりましょう。


(8/5)インターネット通じず・・・

ホテルについてあっさりと通じることもあれば全く何をやっても通じないのがインターネットです。交換機の関係で繋がらないのかパソコン本体なのか、今回は全く通じません。
モデムは生きててダイヤルしようとしますが「発信音がありません」エラーでアウトです。
このホテルには「ビジネスセンター」と言う施設があるため部屋から勝手に使えないようになっているのでは?と勘ぐってしまいます。
というのは、この「ビジネスセンター」電話のポートとパソコン、ファックスが有料で使える仕掛けになっているのですが、電話のポートが1分4ドルと言うスゴイ高額なのです。
勿論、公衆電話にもポートはありません。

日本でも中途の仕事があり(・・・入札しているオークションもあり・・)メールを確認する必要があったのでしょうがなく「ビジネスセンター」を利用してみました。部屋の中央にある端末で使用する機器を選び、カードを通します。
すると課金が始まると言うこれまたとんでもないシステムで、接続してからスタートと思っていたためパソコンを繋ぎスリープを解除したところで4ドル。ダイアラーを起動して「発信音がありません」のエラーが出てさらに4ドル課金されたところで止めました。
これじゃあ繋がってもメール1個確認ごとに4ドル取られてしまいます。

いや〜〜〜とんでもないシステムがあったモノです。
この端末、ホテルやコンビニ、空港など色んな所で商売してるみたいですが米国人は利用してるのでしょうか。
少なくともこのホテルでは使ってるのを見たことありませんでした。

そんなわけで、接続は断念しました。
納得いかないなぁ・・・・。


(8/4)デズニーランドはコミコミ

今日はデズニーランドへやって来ました。デズニーランドは相変わらず雰囲気いいですね〜。
8時オープンと同時に入園。まずはインディ・ジョーンズへ直行!さほど混んではおらずどんどん進みます。TDSと違ってアジアの寺院がテーマとなっており、いい感じ。こぢんまりとしたレイアウトがバランス良いです。詰まることなく乗り場に到着。車もTDSと比べ動きがワイルドでキモチイタイミング。・・ところが、虫の廊下で突如停車し演出かと思ったら故障らしく電気がついて下ろされてしまいました。ついてます!キャストの先導で「ウォークスルー型アトラクション」に早変わりで、伝説の「ミッキー帽をかぶったミイラ」もバッチリ見えました(マニアネタか??)。大扉をウンチングスタイルで押さえるインディを横目に、歩いて乗り場へと戻りました。いや〜貴重なビデオが撮れた。
その後、ジャングルクルーズとカリブの海賊を2周してインディのファストパスを取り、スプラッシュマウンテンに着いた頃には既に1.5時間待ち、ロジャーラビットも何故か2時間待ちの有様!
さすが夏休みとあって混んでます。
それでも、5時頃までには概ね主要アトラクションを廻り、その足でDCA(ディズニーカリフォルニアアドベンチャー)へ。
チケット売り場でDCAと言ったら「?」な顔をされたのでDCA と呼ぶのは日本だけなのだろうか??と思いました。ここはソアリン、バグ、マペットの3個しか見るべきモノがないのでまずはソアリンへ行ったら案の定2時間待ちでファストパスも完売と言う有様で、駆け足で右回りに1周しつつバグとマペットを見ました。バグは昨年のDCA、一昨年のアニキンと見るのは3回目ですが笑えます。下品でパンチが効いてて良質のコントです。マペットは今回は何故かイマイチでした。マペットの隣にあった「スーパスターレモ(だったか??)と言うブラックライト系のオチープアトラクションがあったのですが、あまりのオチープさにカリフォルニアンが激怒したのか閉鎖されていました。
さすがDCA!場末な感じも良く出てます。

それはさておき明日は、午前4時30分に通訳と合流し仕事に行かねばなりません。
もう寝なければ・・・。


これは・・未確認生物??

(8/3)突如としてロサンゼルス

突如として仕事でロサンゼルスにやって来ました。飛行機は前回の味を占めて大韓航空です。機内食のビビンバに映画は見逃していたスパイダーマンでしたから満足です。
空港に着いてレンタカーは会社指定がありナショナルレンタカーでした。個人的にはGPSが付いてるハーツが一番なんですが残念です。
サンタモニカでフィルムプロデューサーのK氏と会う約束なので到着の連絡をしようとして、成田のKDDIで借りたばかりの携帯電話を使おうとしたらバッテリーが充電されて無いじゃないの!まったく、しょうがないなKDDIは・・・。しょうがないので公衆電話を使おうと電話帳にしているPalmVのスイッチを入れると・・・・入らないじゃないですか!。
故障なのかバッテリー切れなのか不明・・・やばい、これでは今日の予定がメチャメチャになってしまう。そこで去年、サンタモニカのK氏の自宅におじゃました際バイオのストリートアトラスUSAに自宅の場所をマークしたのを思い出しました。レンタカーを借り車内でバイオを立ち上げるとちゃんとマーキングされていました。よかった・・・。とりあえず1号線を西へサンタモニカを目指し、K氏と合流する事が出来ました。お気に入りのサンタモニカピアで朝食をとり、
リトル東京の駐車場にK氏の車を置いて目指すは再びチノはプレーンズオブフェーム(以下POF)です。やはりロスまで来たら一式陸攻に会わねば!です。
ダウンタウンから約1時間、のどかな広い牛舎群を抜けチノエアポートの標識を曲がるとフェンスの中にB−17が見えてきます。こんなに早く戻ってこられるとは思いませんでしたので「友の会」会員を1年としたのが悔やまれます。駐車場に車を止めると夏休みとあってか8割の入りで大盛況、小さな売店はチケットを求める人で列が出来ています。
やっと入場すると飛行機はハンガーから出され外に並べられています。しばらくするとムスタングが飛行を終え戻ってきました。
展示場はハンガーが1棟増えており、グラマン猫シリーズが展示されていました。まだ、準備中といった施設で中央部はガラ〜ンとしており両脇に猫シリーズが並んでいます。
そこで、昨年パームスプリングスまで見に行ったPOF所有のF-4-Fが戻ってきており再び見ることが出来ました。ただ、この展示場は準備中とあってか機体に近づく事ができないのが残念です。
そして、日本機の展示館で一式陸攻に再会しました。
ここは特に変わりなくあいかわらず空いてます。
気のせいか??最近塗り直したのか零戦のカウルが濃紺になっていました。
レストアエリアを覗くとロシア製零戦は未だ組み立て中の様子です。
これも副座にしてライド用にすればよいのにねぇ。


いつになったら出来るのか??

その後、順路に従い(?)ジェット戦闘機墓場を見、F-14によじ登ったりしてキャッキャと遊んだ後ダウンタウンへと戻りました。

リトル東京に日本のスーパーがあり、K氏が買い物をするというのでついていきました。
中にはいると「スーパー木田屋」(浦安)に迷い込んだかと錯覚するほどの純日本風品揃えで日本の食品はなんでも手に入りそうな店でした。「チラシ広告品(チラシも純日本風)」は安いらしくK氏はチラシを握りしめサンタモニカから買い物に来るそうです。
エライなぁ〜。

買い物が終わり夕食の時間となったので韓国街の焼き肉屋へ行きどっさり食いました。
飛行機はビビンバだったし韓国づくしです。

そんなわけで、初日はたっぷり遊びチェックインまでの時間つぶしのハズがとっぷり日が暮れてアナハイムへは21時頃到着。
明日は1年ぶりにデズニーランドあんどDCAに行って来ます。


(8/1)Matrox RTMacはいかほどか?

で、Matrox RTMacです。PCIスロットに差し込み、ドライバをインストールします。
早速、プレミアを起動し簡単なトラジッションを試すと・・・機能しません。
相変わらずレンダリングが必要です。
数あるワイプやトラジションのなかでも「RT」と記されているモノとテロップなどアルファチャンネルを使うエフェクトがリアルタイムのハズなんですが・・・・変化無しです。
実は待ちきれずにG-3にインストールして試したことで壊れてしまったのでしょうか!!!
(よせばいいのに)。
マニュアル通り設定していると出力をアナログにしたときリアルタイムになりました。
??????。
DV出力ではやはりレンダリングが必要・・これは正しい仕様???。 
DVで出せなきゃ意味がないんですが・・・。
まぁ、すぐに結果が見られるので書き出しはレンダリングでも良いですが、
今のところ正しい仕様なのかは不明です。


ともあれ、さすがリアルタイムは凄い!
(と言ってもテロップやトラジッションがリアルタイムなのはアナログ時代を考えれば当然ですが・・)
もっと早く買えば徹夜を何日も削減できたと思います。
それを考えれば10万は安い!。
あとはアフターエフェクトのレンダリングもリアルタイムだったら良いのにねぇ・・・。


(8/1)G4退院!バブオさん病院送り!

昨日、Mac の修理屋から修理が終わった連絡があり、今日は早々に仕事を切り上げて
取りに行く予定をしておりました。
入院17日ですから長かった!・・・。

トコロが、帰り間際の会議中、携帯にメールが入り机の下で見てみると・・・「バブオ、学校のプールで転倒。頭を打ち、現在脳神経外科で検査中。そうとう痛がってる」・・・との事。
ナニイ???。
電気製品大量入院に続き今度はバブオが入院か!!!。
最悪に事態も想定しつつ急いで病院に駆けつけると・・。

幸いにして、異常なしで撮影されたガイコツ写真にゴキゲンな様子。
しかし、病院につれてきたときはホント死にそうな感じだったそうだ。
とりあえず、事故発生から5時間がまず危ないのだそうでその後24時間様子を見て安静にせよとの診断だった。

それはさておき、小学校の危機管理の危うさにビックリしたのが、事故発生後まず保健室で寝るように言われたそうだ。(お脳がイッてたらこの時点で永眠しちゃうって!)その後、炎天下の中1人で学童保育まで歩かせたそうだ。(お脳がイッてたらこの時点でも倒れるって!)それで学童保育所で暫くしたら猛烈に体調が悪くなって先生がびっくらこいて、奥さんの会社へ電話してきたという次第。
それで、一度家に帰って車で迎えに行って病院に連れて行ったと言うから連絡から病院到着までおよそ1時間・・・。まったくもって小学校の危機管理の意識にビックリしてしまうのでした。
責任の取れない事態が予測できたらすかさず親に連絡すれば責任が移るのにねぇ・・・。
病院に教頭先生が来てくれてましたが今頃来てもねぇ・・・・・・世間的にこんなもんか??。

ともあれ、最悪の事態を迎えることもなく、計画通り早く帰れたのでMacを退院させに行きました。
Mac の方はと言うと予想通りロジックボード交換でチョンでした。
保証期間内でよかった・・・。
心配していたハードディスクが無事だったのは不幸中の幸いです。
修理明細を見ていたら変なことを発見。7/14に預けたのに修理受付が7/18。
修理完了が7/26で連絡があったのが7/31・・・。この中4-5日の移動期間は何でしょう??。そして修理に8日・・・。同じような不具合が多発しているのでしょうか???。
そして、パソコン本体に染みついたタバコの臭い!。中を開けるとさらに強烈なタバコ臭が圧縮されてます!!!。
こいつ一体どこでどんな目に遭ってきたんだ!!!????

・・・・・・次回壊れたら絶対対面修理にしよう・・・。
今日もいろいろあったな〜。


(7/30)驚異!怪奇!謎の生物を見た!!

今日はヘ〜ンなモノを見てしまいました。
夕方、7時ちょい前、学童へバブオさんを迎えに行くべく玄関戸ドアをバッ!と開けると、玄関脇のカドに直径25ミリ長さ300ミリの黒いチューブ上の物体が目に留まりました。先端は球状に丸まっており根本と同じ長さです。表面は黒くヌメヌメした光沢を放っています。
「!!!・・・これは一体!?」その間およそ3秒。
突如謎の物体は草むらへスッと・・明らかに草むらの中の本体に引っ張られるように移動し姿を消しました。なおも消えた草むらを見つめているとザザザ・・と生き物が移動する音が聞こえました。
!!!!やっぱり生物???。
韓国の「山ウナギ」か?!それとも巨大ミミズか??。
草をかきわけ覗こうとも思いましたが、突然猛毒を持つキバで噛みつかれても怖いので周囲に棒きれを探したモノの見つからなかったのでとりあえずバブオさんを迎えに行きました。運転中もやはり気になってしょうがなく、帰ってから棒を探してさんざん草むらを散々つつきまくりましたが後の祭り・・・2度と謎の生物は姿を現さなかったのでした・・・。
すぐに棒を探すべきでした!。

前に未確認飛行物体と遭遇したときもそうだったんだよな〜。(ビデオカメラの望遠レンズテスト撮影中、未確認飛行物体が近距離で長時間滞空していたが夕日をコマ撮り中だったのでレンズを向ける気が起きなかった。撮ってれば窓の宇宙人が手を振ってる所まで見えたはず??)
未確認なモノは「未確認」に付加価値があるわけで確認された瞬間価値が失われて・・・結果興味を失うんだろうね。

もし私が謎の失踪を遂げたとしたら・・・この話を思い出してください・・・・。
実際あれが家の中に入ってきたらヤダね。


(7/27)恒例浦安花火大会定例BBQ

今年もやってきました浦安花火大会!去年は外人軍団の乱入で大混乱(?)となりましたが今年はむしろアラマント社メインスタッフの予定と合わず参加の少ないBBQになる予定でしたが、先日ケーブルテレビのインターネット接続で知り合ったO氏やパイロット役のジェームズ氏、メトロポリス作画監督の赤堀氏が参加し、なかなかのオタク飲み会と化しました。
また来年集まりましょう。

(7/25)ボーナスをつっこんだモノ

夏のボーナスは住宅ローンと合成用ソフトにまとめてつっこんじゃいました!。
Composite Wizard,Image Lounge.Primatte Keyer,Light Factoryを新規購入アンドAfter Effects5.5をバージョンアップ!!!・・・・と怒濤のラインナップです。

ライトウェーブのバージョンアップもしたかったのですが予算切れです。
で、なにをするソフトかというと、カラーキーを抜くソフトと合成素材を準備するソフトと仕上げや仕込みをするソフトと照明効果を追加するソフト・・・・などです。
分からない人にはサッパリ分からないし使い道もないソフトですが、合成やるには必要なんですよ・・・・。とマニュアルを見たらコモーションに含まれる機能ばっかじゃないですか!!。
これってアフターエフェクトにコモーションの機能を追加するだけってことか????。
これでないのは「モーショントラック」くらい・・・。
と言うことは、コモーション買わずにアフターエフェクトをプロバージョンにした方が良かったのかも!。
アフターエフェクトを持ってない人はコモーションプロが断然お得と言うことか!。
逆に両方買っちゃった私は一番無駄に金を使ったことになると言うことか!?。

・・・・ソフトって買って見なきゃわかんないからね〜・・・。
詳しい人もいないし・・・ちょっと暗くなりました。

んが、それは結果論。
ニコニコ使えれば問題なし!。

早速、マニュアル対訳版作成にかかりました。
なにせみんな英語版なのでまずは翻訳が第一の難関です。

合成作業への道は遠い。


Primatte Keyerの威力!タバコの煙まで抜いてしまうとは!
・・・ホンマかいな!

(7/17)エアコン復帰

今日はエアコンの修理に立ち会う為、会社を休みました。忙しいんだけどエアコンがないと夜寝られないんで健康維持の一環です(?)。
修理は午後からだと言う連絡が入ったので10時を待ってMacintoshを車に積み込みサービスセンターへ持ち込みました。Macintoshの場合、秋葉原の対面修理センターへ持ち込めば目の前でバラして修理してくれるのですが駐車場が無く、最寄りの駐車場からは遠いので1人だとキツイので近所のサービスセンターを検索したら、なんと!我が浦安市内にあるではありませんか!全然知らなかった・・・。
行ってみると東西線浦安駅と言うよりは浦安魚市場の裏の方で駐車場付きの立派なビルです。
どうやらシステム、メンテナンス全般の会社のようで対面修理ではなく引き取りのみとのことでした。
う〜む・・・チョット心配。Macintoshの修理って(どのメーカーもそうなのかもしれないが)怪しい部品をアセンブリごと交換でおしまいなので、今回の場合保証期間中と言うこともあり、電源が効かない>電源のアセンブリ交換>マザーボード交換>ハードディスク交換・・・もあり得ます・・・。一応、修理の際ハードディスク初期化の承諾をしないと修理を受けてもらえないのですが、不必要な初期化は避けて貰いたい・・・。対面修理なら直接意見できますが・・・入院となるとチョット不安です。
午後になって、富士通ゼネラルのサービスマンがやって来ました。
症状を確認すると室外機のインバーター基盤だそうで、それが1枚8300円・・・。バラしてみると室外機の中にツル植物が進入しており雨水が入って焼けていたとの事・・加えてトランス破損だそうで、プラス11200円・・。技術料が17400円、出張料が2500円・・・2台分で消費税込み
「50,085円!」を請求されました。しかも現金払いしか受け付けないとのこと!。
ガ〜〜〜ン。

今シーズンの安眠は高く付きそう・・・。


(7/15)山本長官機はジャングルに覆われる

ジャングルに覆われる山本長官機、初めてその写真を見たのは94年に再販された丸メカニック「銀河/一式陸攻」で追加された記事でした。
5月の旅行でラバウルまで行くのならブーゲンビルまで足を延ばそうと思いましたが、ジャングル探検費用が1人でまかなうには高く(多人数ならそれほどでもない)断念しました。
一昨日の「覆された定説・元帥像の謎」で初めて動画で見たのですが、こんどは現場写真を送っていただけました。ここの撮影は厳しく写真1枚につき4キナ(150円くらい)必要だったと思います。
主翼付け根からボッキリと折れ、塗装は剥げ落ちていますが赤い防寂塗料が残っています。(やはりハゲチョロの下地は赤が正しいかも?)機体下面は部分的にコケに覆われていますが、後部の保存状態は良く後部銃座の形状がよく分かります。
後部銃座風防の形状は、撃墜されたのが17年の4月ですから後部銃座の風防が大きく切断されたタイプでした。
 
ジャングルに横たわる山本長官機

(7/15)VX-2000復帰

VX-2000が戻ってきました。
スイッチ1個交換して14000円だと!。
く〜。殿様商売だよね〜。
「たかだか1万4千円が払えない?ほう?それじゃ諦めるんですな!」・・・てなもんです。
サンヨーだろうがサムソンだろうがソニー並に魅力的な商品を作ってサービスが上なら、もう2度とソニー製品なんて買いたくないですけど、しょうがないすね。
こんなカメラ、ソニーしか作れない。
「ほう?我が社の製品がお気に召さない?それは無理して使っていただく必要はございません・・・・てなもんか?。
殿様が殿様商売してもそりゃ道理と言う物か???。

(7/14)次々壊れる電化製品の謎

形ある物はいつかは壊れる。
それぞれが持つ固有の寿命という物が必ずあるものです。
それが経年劣化の周期なのか、ユーザーの関心度合いによるものなのか?。
電化製品は壊れ出すと次々壊れ出す気がしてなりません。まず発端が今週の

曜、ビデオカメラのDONY VX-2000です。
スタンバイ/RECボタンが接触不良をお越し、撮影中に何度も再起動してしまいます。
そんなわけで入院決定。
次は

曜日はプリンターです。
突如としてカラーインクが使用不可能となり、黒インクでしか印字できなくなってしまいました。
サブのMacintoshに切り替えても同じ状況なのでハードの問題でしょう。
修理に出すしかありません。
エプソンの場合宅急便で送れば最短3日で戻ってきますが、ピックアップ時家にいなければならないので今週は土日とも外出であるため、販売店へ持ち込まねばなりません。


曜がメインのG4です。これまた突如として立ち上がらなくなってしまいました。メモリやハードディスクにすら読みに行かないところを見ると電源かマザーボードでしょう。Macintoshは立ち上がりさえすれば概ね修復可能ですか、立ち上がらないんじゃ打つ手無しです。クイックガレージへ持ち込めば対面修理で即日復旧可能ですがこれまた、月曜を待たねばなりません。


曜がエアコン2台が冷房できなくなりました。(これは薄々気付いていたのですが・・)
サスガにこれは発送も持ち込みも出来ないので、メーカーを呼ぶしかありません。
電話をしたら季節柄混んでいるらしく最短で来週の水曜日とのこと。
しょうがないので会社を有給で休むしかありません。
加えて、業務用ビデオカメラが先日のラバウル以降調子が悪かったのですが、騙し騙し使っておりまして金曜に撮影が終わったのでやっと修理に出すことが出来ます。
厄介なのが、カメラ部が池上製でデッキがソニーですからバラして修理を出さねばなりません。
しかも、普通の電気屋ではダメなので秋葉まで持って行く必要があります。

そして、Bete伝説の?EDV-9000!。
こちらは古いこともあり、壊れたまま修理に出していなかったのですが、急にBetaテープに録画された内容が必要となったため修理に出さねばなりません。
こいつは部品があるか心配です。
おそらく最後の修理になるのでしょう。

・・・・・メンドクサ。


(7/13)覆された定説・元帥像の謎

今日、テレビ新潟自社制作による山本五十六番組・・・その名も
「創立35周年記念 高野不動産スペシャル 山本五十六 覆された定説・元帥像の謎」〜のテープが届きました。

内容は長岡の山本記念公園にある山本元帥胸像(元々「山本元帥像」は土浦航空隊に全身像としてあったが終戦直後解体され霞ヶ浦へ投棄された。そして3年後、投棄された兵器を引き揚げていた廃品回収業者が偶然上半身を引き揚げた)の下半身を探す内容で、長らく霞ヶ浦の湖底に沈んでいる物と思われていたのが、当時の関係者の証言を集めているウチ、元々立てられていた台座の脇に埋められていた事が分かり、関係者の見守る中、見事発掘に成功する・・といったもの。

もとより、誰も興味を抱かない胸像の下半身を探す話しとは盛り上がりに欠けそうですが、導入部の長官機残骸のレア映像(放送用カメラで撮影されるのは珍しいのでは?)、調査の過程の作り込み。そして「発掘物は絶対”物”は出てこない」というジンクスを見事うち破った構成は、地方局にあってなかなかの高レベルと見ました。

興味を引かれたのは終戦直後、処理に困った機材を霞ヶ浦に投棄したと言う事、霞ヶ浦は水深4-5mと浅いこと、そしてこのコメントのバックに桟橋の先端に取り付けられたクレーンです。
昔は沢山いろんな物がでたのでしょう。

ともあれ、発掘、引き揚げモノは夢があります。


(7/13)早いぞゆうパック

やっとラバウル旅行ビデオ30本の発送準備が終了し郵便局へ行って来ました。今日は6時出勤にして午後から品川へ外出だったので、郵便局へ到着したのは午後5時過ぎ・・・。一応、本局では受けてくれるので発送しました。到着は日曜か?と思い翌、土曜の朝、郵便ホームページから荷物の検索をしたところ「浦安局受付」・・・となっているではありませんか!。さすが郵便局・・・遅いぜ。
16時で店じまいしちまうわ、荷物も1回留守だと持ち帰って再配達してくんないわ、宅配便と比べサービス悪いな、やっぱ早いトコ民営化すべきだ!
・・・なんて思っていたら、「届きました」とのメールが午前中に横浜から、夜になって大阪から届きました。
なんだ!宅配便より早いじゃないか郵便局!。
ちょっと見直しました。

(6/27)クラブ33へお出かけ

気付けばナント本日結婚10周年です。早いです。
ここ数年土日もズッ---ト忙しく家族サービスも出来ませんのでどうしようかと思ってましたら。ちょっと縁があり、デズニーランドの秘密クラブ(?)「クラブ33」へ行けることになりました。
浦安に住んでいますがデズニーランドへ遊びに行くのは実に4年ぶりです。(奥さんはイベントが変わるたびに行ってますが・・)
前回はホノホノとバブオさんが2才くらいでトゥーンタウンの電車の前をウロウロ蠢いてる頃ですから
いやはや、やっぱ時の経つのは早い。
勿論「クラブ33」も始めてです。
このレストランはガイドブックにも載っていないのですがマジックショップの隣の閉ざされた扉に「33」の表示があります。
「19時に行くように」・・と言われていただけなので鍵の閉まった扉をドンドンたたいたら、お姉さんが出てきて「コチラのインターホンをお使い下さい」・・と右脇にある無地の真鍮製のプレートを指さしました。押すとパカっと開いてインターホンが有ったのですが・・・いや〜初心者バレバレです(汗)。
中に案内されると豪華な広い受付があり2階へ通されました。これまたスゴイ豪華で広い待合室がありテーブルの準備が出来るまで待ち、いよいよテーブルへ。(ホステスはフレンチメイドスタイルだす!マニア向け???)席は窓際に準備されており大きな窓にシンデレラ城側が見渡せます。
パレードの時間になると店内の照明が落とされ、カーテンが開かれます。
正に特等席。
料理もなかなかのもの・・・。
ウ〜ム・・・こんな所に出入りできる身分になりたいモノです。

(6/26)ラバウルビデオ出来!・・・・(再)&作れ!2式飛行艇!

先日のDVへ書き出せない件、解決しました。

結局ハードディスクのせいで別のHDに移したらプレミアのタイムライン上から出力できました。
以前も相性の悪いHDを立て続けに2回買って使えなかった事があったので、調子の良い80GBのHDと同じシリーズの120GBを買ったのですが、取込は良いものの書き出しが不調であることが分かりました。
友人に聞いたらDOS/Vでも120GBで同じ問題を聞いたことがあると言うのでMacにも言えるのかもしれません。

出力の問題が解決したと思ったら、リップシンクがずれている事を発見。
見たくれで同期に問題ないところは分かりませんが会話のシーンでは最大6フレーム程音が遅れています。原因不明・・・とにかく修正し、DVファイルに再レンダリングしDVD版も再エンコードすることにしました。
この間計算だけで5時間かかるので(仕上がり45分のレンダリングでDV=2H,MPEG=3H)合間を縫って(?)ハセガワの1/72「2式飛行艇」プラモを製作開始しました。


実は「一式陸攻映画」の進捗も芳しくないのに、「2式飛行艇引き揚げプロジェクト」以来したためてきた「2式飛行艇映画」のアイデアが突然にしてガチャガチャと繋がってしまいまして、頭の中を大艇がブンブン飛び回っちゃってます。
こうなると模型作ったりイメージボード描いて外に出してやんないと気が散ってしょうがないのです(精神病の一種か?????)。
ネタは南シナ海でジャンク船を巡検する飛行艇の話しから始まって搭乗員達が地獄の黙示録風に狂気に染まっていくのが大筋で、日航の飛行艇とか零式水偵とか出てきたり、B-24(ライバル機の設定)との空中戦があったり・・・そんな話しです。最後は悲劇の梓隊をからめる予定で銀河の編隊も出てきます。
面白そうでしょ???。

「紺碧〜」は「人間の対立」対「大自然の驚異!」・・の対比がテーマですが、今度は、「人」対「人」がテーマです。機上の人からひとたび水上に降りれば銃剣付けてアジア人同士の人対人の戦いになります。恐ろしい話し、シビアな話しあり、幽霊飛行艇の話し、難民や慰安婦の話あり、濃いです。濃すぎてたぶん企画倒れ必至(笑)ですがシナリオ>コンテまでは描きたいと思います。


(6/24)プロフェッショナルはツライよ

先日、知人のつき合いで仕事の記録写真撮影に行きました。
興味の対象はカメラマンの持ってる業務用デジタルスチルカメラと撮影の段取りです!。
商品撮影のような売り物の写真ではないのでカメラに付けたストロボのみでの撮影でしたが、最初にカラーチャートを撮ったり、入射光式の露出計を使ったりシロウトの私は興味津々です。
カメラマンの構えや、被写体に近づくため胴長をはいて水に入ったりと・・・「ウウム!流石プロは気合いが違う!」と感心したものでした。

ところが数日後、仕上がった写真データを見ると!・・・・ムウ!数百枚全てすごいアンダーな露出・・・。平たく言えば「真っ黒」こっれって一体?????。
「(ひょっとして白を飛ばさないように、アンダーめに撮るのが業界の常識なのだろうか???)」・・とも考えて見たのですが、それにしても過剰で物によっては階調の分布を補正しても厳しい状況です。しかし私は部外者だし人様の仕事にケチを付ける立場ではないのでとりあえず知人に「暗すぎるのは意図的な物か聞いた方が良いよ」と提案しました。・・・で、問い合わせたところ、どうも要領を得ず雰囲気的には「プロカメラマン的には問題なしの品質」らしいのです。
「そうか〜・・全ての階調に収めて撮って、後で補正するのも確かに合理的かもなぁ・・」とやや納得した物の、数百枚の写真を手作業で補正していくのも大変だなぁ・・と思っていたら、先方で話が進んだらしく、カメラマンの方で階調補正をやってくれる事になりました。
確かに自動で補正するソフトがあるので専門のソフトで手慣れたプロがやるならその方が良いかも・・と、仕上がりを期待しておりましたトコロ・・・。上がってきたデータもイマイチでフォトショップで階調の分布を見ても未使用の階調があり補正の基準がよく分かりません。
私が思うには「シロウトの加工」。


加えて元データを書き換えられ復旧も不可能な状況でした。
そこで気になったのがカメラマン側の「相手はシロウトだから適当に煙に巻いちゃえ!」的対応が見え隠れすること。
確かに昔はそれもアリだったでしょう、反論しようにもシロウトの我々には知識も経験もない。
しかし今やデジカメの画質補正など月間、数百枚をこなしてますからあからさまに変だと気付いてしまいます。
昔はプロとアマの差には技術やセンスの他に歴然とした「機材の差」があり一線が引かれていましたが、現在デジタル関係に限ってはかなり差が縮まり物によっては同じソフトを使ってたりしています。
プロも勉強しないとなかなか金を取れなくなってくるな〜・・と思う今日この頃です。

似たような話で、先日 特撮の仕事をしている友人の講演会に行って来ました。
その方はこの道数十年のベテランでデザインや造形に関してはスゴイ才能を持っている人なのですが・・・
新作映画のプロモーションビデオを見て愕然としました。
ものすごく作り込みが浅く品質が悪いのです。
10年前ならすごい映像なのですが、今やお客が期待するのはILMレベルが標準です。
プレゼン方法もDLPにVHS(汗)です・・・。
画を商売にする人がVHSとは・・・。
画の持つパワーを軽く見ている証です・・・。
シロウトの私でもプレゼンのビデオ画像はDVかDVD を使います。
尊敬する先輩だけに愕然として声をかけられずに帰ってきてしまいました。
ホント・・・お客のレベルは常に上がりますからプロってホントに大変です。

逆に我ら「シロウト映画製作者」は出来の悪いのを予算や機材のせいにせず、
「トンチを唯一の武器」にプロに負けない映像を作らねばダメですから
より一層の鍛錬が必要です。


・・・・身が引き締まる出来事でございました。


(6/20)雨にたたずむアンドロイド一匹

昨日の夕刻、奥さんから携帯に写メールが・・・。
添付写真はスケルトンの露出したターミネーターの写真!。
なんでもプラネットハリウッドの外につっ立ってるそうだ。

写メールの超激悪最悪画質ではなんとも言えないがたぶん米国で大人気と言う1/1FRPフィギュアだろうと
思いつつも会社の帰りに行ってみた。ところがである!。
恐ろしく出来がいい・・・。

皮膚はFRP どころかシリコン製らしく、体毛さえ植毛されている。
顔の塗装は一部剥がれており、「まさか本物???」と思わせる出来である。
しかし、本物を野ざらしで置くわけがない・・・・。
気になるながらも、イクスピアリを後にした。
そして今日、講習で外出したので雨の中カメラを持って、再度行ってみました。
・・・いくらレプリカとは言え、雨の中置いてないでしょう!・・と思いつつ。

ところがです。


「無情の雨も感じない。
だってオイラはアンドロイドさ〜」T2談

いました。雨の中じっとたたずみ、ラブラブのカップルにラブラブと内臓をいじくり回されています。

気のせいか昨日よりもさらにくたびれた様子。
地面にはラブラブのカップルやお子さま方にむしられたとおぼしき肉片が落ちています。

哀れターミネーター!。東洋の野蛮な地で朽ち果てようとは!。
それとも日本に進出したのはいいけれど、あまりにも忠実なアメリカンテイストの料理と店員の「そそう」が災いして経営は悪化の一途を辿り・・・ついにはターミネーターが責任を取らされて客引きをさせられることになったのでしょうか・・・・???????。
それにしてもヒドイ待遇。

足下にはキャプションがあり
「店頭お楽しみくじ:1等商品(特賞は東京ディズニーランドペアチケット)
・・と書かれていました。

・・と言うのは冗談で「ターミネーターで使用されたプロップス。スタンウィンストン製作」
・・と書かれていました。
「実物プロップスの型で作られたプラネットハリウッド用のブツ」と言うトコロでしょうか。

それにしたって・・・ヒドイ待遇。
浦安に文化の光が灯るのも遠い。


キッタンキッタン・・


「イツカヒドイメニアワセテヤル・・」キッタンキッタン・・

(6/20)Adobe GoLiveはいかほどか?

今日は午後からAdobe GoLiveの初級コースを受講するため恵比寿へ出かけました。
会社から恵比寿までは順調に行って50分。14時からなので余裕を持って12時に出発!・・と、午前中の仕事を早めに切り上げようと頑張ったものの巧くは行かず、12時5分事務所に戻り、さあ出かけるか!・・と改めて受講票の日付を確認するとナント!13時スタートではありませんか!。
S本氏に車で駅まで送ってもらい13:07分東京行きに飛び乗りました。あと50分!。
八丁堀13:30到着。日比谷線に乗り換え恵比寿12:55到着!。駅からは徒歩10分!雨もジャージャー降ってるし間に合いません!。
やむなくタクシーでパソコン教室に到着したのが12:59・・・・間に合った!。

・・と、ここまではドウデモヨイ話。

で、Adobe GoLive。
アラマント社がインターネットデビュ〜した1996年当時、HTMLはまだまだ「HTML 入門!」を片手にコツコツ打ち込んで作った物ですが、そこに登場したのがAdobe Pagemill1.0でした。レイアウトを確認しながらhtmlを打たずに作れる画期的ソフトと言うことで早速購入し、adobeがGoLiveに乗り換えPagemillを廃した後も未だ使い続けております。
Pagemillの良いところは、白紙のページをにどんどんレイアウトして思いつきで作れる所で、便利な自動的サポート機能が無い代わりに、勝手に色んな事をしでかさない所が良いところです。
しかし、今時のロールオーバーやスライス画像など勿論対応している世代でないので、その都度ImageReadyなどで加工しております。
実はGoLiveもAdobe に買い取られる以前からのユーザーでしたが事前にしっかり具体的なプランを立ててから取り組むと言うアプローチに馴染めずお蔵入りソフトとなっておりました。
(あと、フレームのプレビューが出来なかったりと機能的にPagemillに劣っていた)

そろそろ乗り換えの時期かと、買う前に講習を受けることにしたわけですが、
結果から申しますと、出来ることの割に工程が複雑怪奇・・・。
やっぱいらないや・・って感じでした。

先生曰くお勧めは「Macromedia Dreamweave」だそうです。
なんだそりゃ。


(6/18)ラバウルビデオ編集出来!

やっとこさラバウルの旅行ビデオの編集が終わりました。
例によってアフターエフェクトでタイトルやアイキャッチャーを作りプレミアで繋ぎます。
それで、例によっていろいろトラブルがあってよくも毎回トラブルなぁと感心することしきりです。
今回、取込は問題なくプレミアで行えました。
先日はプレミアだと駒落ちが酷くi-Movieで取り込んだらレートが9Mになったりして悩まされましたが今回は順調。音は、毎度おなじみ起こるはずのないプチプチ音や回転ムラのような変質が発生。
これは原因不明・・・。とりあえず霊現象として無視。
そして、お馴染み且つ困ってしまうのが出力途中の駒落ち・・・。
今回は頻繁に発生。
以前4GB以上のファイルが持てなかった時代、タイムライン上のプレビューだけでテープに録画したもんですが・・。何故か最近は出来ません。
あまりにも酷いので、作戦変更。
先にDVD版を作ってDVDからテープへダビングする事にしました。
しかしエンコードの最中に何度やっても同じところでエラーが発生。
どうもファイル臭いので再度プレミアでレンダリングしたところ問題は解決。
そして3時間のエンコードの末DVD版が完成しました。
トコロが次の障害が発生。
完成したDVDをプレーヤーで再生すると白黒なのです。しかしモニタによっては何故かカラーになることもあり、モニタを代えたりケーブルを代えたりした結果、結局プレーヤーの障害であることが判明しました。よく分からないけどデジタルTBCを通すとカラーになるようです。
・・・・デジタルTBCだなんて過去の遺物のような機械ですが・・・思わぬところで役に立った・・。
ちなみにTBCとは「東京ビューティーセンター」じゃなくて「タイムベースコレクター」の事です。
念のため。


それですべてOKかと思いきや、エンコードした画像がイマイチでVHSへダビングすると「ノーマルビデオ8(SPモード)」のような画質でガッカリ・・・再度DV-CAMへの録画を試みる事としました。
わかんない人には全然わかんない話でゴメン。


DVDのメニュー

背景は積乱雲をバックにソロモンの古地図が
オーバーラップして流れる様にした。
動画は旅行全体と空撮を5分にまとめたモノとディスクの容量が少し余ったので風景と戦争博物館展示物の静止画約200枚を入れた。


(6/11)科学の勝利か?インターネットの写真屋さん

今更なのかなんなのか、インターネットでデジカメ写真をプリントできるところを知りました。
データを送りクレジットカード決済で最短翌日には到着すると言う優れもののサービスです。
丁度、先日ラバウルで知り合った方に写真を送りたいと思ったので、「初回無料サービス」を利用して試してみました。発送までしてくれるので手間が省けます。
説明によると「初回無料サービス」は到着まで1週間・・と有りましたが、ナント翌日には到着しました。試しにDV取込のビデオ画像も焼いてみたのですが、画はアマイものの なかなか写真ぽい仕上がり。
気に入って、何枚か追加注文してみました。
やや明るく仕上がりますがフォトショップでそれなりに補正して申し込めば良いかと思います。
銀板と比較してどうかと言うと同ポジの集合写真があったので比べた結果、やはり300万画素デジカメではかなり甘いですね。

「インターネットの写真屋さん」


(6/10) フォトショップ講習会

フォトショップに出会ってはや7年、当時はバージョン2.5が最新版でした。
そう言えばレイヤーも無かった時代でしたのでチャンネルを駆使して合成したり、パソコンも遅いから、色々工夫して使った物です。
16MBの内蔵メモリで120MBのハードディスクを10万も出して買ったりね。(それはAMIGA時代の話か・・・)
それが今やメモリー1G当たり前!ハードディスクも300GB超え!作業の段取りも考えずレイヤー20枚も重ねて使ってるんだから頭も使わなくなるわけです!。
それは良いとして・・。
今回の講習は「画像合成と色調補正」と言うもの、色調補正の方を体系的に知りたかったのが受講の動機で「画像合成なんてお茶のこさあ〜」なんてなめてかかったら・・・・。
お見それしました、レイヤーのグループ化なんて聞いたことも有りませんでした。あったらいいなぁ〜なんて思ってはいたのですが、あったのですね。しかしオプションキーを押しながら境界をクリックするなんて”裏技”じみた手を使うとは思いもよりませんでした。

長いこと使ってると分かった気になってバージョンアップしても滅多にマニュアルなど見ないかったりするのですが・・・・・やっぱ、マニュアル読んだ方がいいなぁ〜。
あとチャンネルなんて過去の遺物かと思ってたら結構役に立つんですね〜。
・・・・・まあ、同じ結果を得るにもいろんな方法があるので、それもまた楽し!・・・・ですが。
ともあれフォトショップ奥深し!。


(5/26)横浜旧軍無線通信資料館 開館1周年パーチー

今日はいつもお世話になっています「〜無線通信資料館」1周年パーチーにおよばれしてきました。
ホント1年はあっと言う間で、サポーターの皆さんとも「零戦&温泉ツアー」ぶりですから約1年ぶりです。
いや〜〜〜〜楽しい一日でした。
もう笑い殺されるかと思いましたが・・・
しかし・・どれもこれもヤバすぎで書けないことばかりじゃないですか〜。
ともあれ本日も色々と勉強させていただきました。(笑)

しかもお土産に「天山」と「疾風」のプラモまで頂けるとは・・・
今度(株)ハセガワさんとお会いすることがありましたら是非「1/32一式陸攻11型」を提案してください。
(そうすればタミヤの零戦と並べられる)

「二式飛行艇ツアー」と「ブーゲンビル島ツアー」を具体化したいですね。


(5/24)スゴイ!ラジコンスケール機!

映画にも出てくれている友人F山氏はこのところラジコン飛行機にはまってます。
それがまたスゴイはまりようで、スチロール製のおもちゃのラジコン飛行機を買ったと思ったら数ヶ月後にはホンマ物のでっかいラジコンキットを自ら組み立て飛ばせるようになってしまいました。

なんでもパソコン用シュミレーシュンソフトでバッチリ練習し、加えて会社出社前には朝練までしているそうで頭が下がります。


しかもF山氏は片手片足を事故で失い義手義足ですから、自ら片手でプロポを操る「首かけ操作台」まで作ってしまいました。
スゴイ!
カッコイイゼ!F山さん・・・!!!

そんなF山氏が、今回の「紺碧〜」に協力してくれることになりました。
ラジコン機にビデオカメラを搭載し洋上を飛行する一式陸攻の背景撮影をするというものです。
先日、テストショットを見せて貰ったのですが、最近は小型デジタルビデオの性能向上に伴い
もう実機による実写と見まごうばかりのハイクオリティ・・・!。
ノイズや振動は皆無です。
コレハイイ!。

「霧に包まれた早朝の霞ヶ浦・・・湖面すれすれに飛ぶ”赤とんぼ”・・・・驚いた水鳥が一斉に飛び立つ・・・」そんな画像だって撮れますね・・・。

そんなF氏にスゴイラジコン機製作者を紹介して貰いました。
今月号の某ラジコン雑誌の表紙にもなっている

「カリスマラジコンスケール機製作者!アルカス大橋氏です。
ラジコンのスケール機といえば「似てない」のが相場と決めてかかっていたのですが
はっきり言って驚きました。
大橋氏の作る機体は1/5スケールと巨大で仕上がりはすでに「実機」です。

・・・・・と言うわけで
タキシングシーンで使用する「一式陸攻大型模型製作」を検討する事にしました。


アルカス大橋氏の作品・・・欲しい!!!
大橋様掲載許可ありがとうございました。

(5/14)イタイ話

3日前の夜、寝ようかと作業部屋のある屋根裏から2買いへ降りようと階段へ脚を踏み出したとたん、壁のカドにガンッ!と右足の小指をぶつけました。
一瞬、小指をぶつけた痛みが来るかと身構えたら痛みが来ません。「???」と脚を見ると爪がでんぐり返ってます・・・と思ったら白く爪のように見えたのは指でした。
何処にどのようにぶつけたのか?脚の指が爪に沿って15ミリほどマップタツに裂けてます。
ヒャ〜ッとしましたがやはり痛くありません。

見てるとあまりの凄惨さに目眩がするし
、接着する必要があるのでバンソウコで巻いてくっつけ、
寝てしまいました。(自分の血には極端に弱いのだ)


翌日起きてみると裸足で歩く分には別段痛くなかったので、そのまま会社へ行ったのですが、駅からの徒歩15分が結構きつく、仕事でも足場の悪いところへ行くのが商売なので午後には、痛くて歩けなくなってきました。
しょうがないので足を引きずって病院へいったらば、
「なんですぐ病院に来ないの!時間がたちすぎて縫えない!」・・・・と怒られ
包帯で巻いて再接着を待つことになりました。
で、今日もまた病院で消毒。
どうやら接着したようですが、小指をかばうおかげで裂け目より筋肉痛がイタイ・・・。
あ〜〜〜〜とんだことです。

先日、奥さんが会社で流行ってる「生年月日別占い本」を見せてもらったら「足や指先に注意」と書いてあった事を思い出した。
・・・・つまらんモノを見るんじゃなかった!。
ちなみに私のタロットカードは「死神」だそうで、予言が的中するので人に予言を与えてはいけないそうだ。(実は思い当たるフシがあり少々ドキリとした)

・・・・それとも暗示にかかりやすいと言うことだろうか?????。


(5/11)波乱のラバウルロケ第七日目/そして「さ〜ら〜ばラバウルよ〜」の巻

予感は的中し、翌日、電話の音で目が覚めた。
受話器を取るとモーニングコールだそうだ・・・って、今何時!!!と、時計を見ると集合時間の4時では無いですか!!。
あわてて飛び起き、荷物をまとめて外へ出ると、暗闇の中昨日のツアー客の荷物を積み込み中。
もう発ってしまったのか日本人の姿は何処にも無し。


でも荷物があるならまだ大丈夫。
レセプションへいくとスージーさんもおらず・・・不安!チェックアウトしようにもレセプションも無人。
とりあえずセキュリティーにレセプションを呼んでもらい待っていると、ポツポツと日本人ツアー客が現れだした。
なんだ!まだ早かったのだ・・・。
そのうちスージーさんも現れ、4:30出発だそうで一安心。


万一乗り遅れたら、次の便は1週間先ですから・・・・
(そうなったらカビエンかブーゲンビルまで足を延ばそうかと考えていたのだが・・・)


ともあれ、チェックアウトも終わりスージーさんの運転でトクア空港へ。
今週ココポ-ラバウル間は何度か往復して恐るべし悪路である事は知っていたがオマケに今回は夜間である・・・しかしサスガは地元!街頭も無く一昨日の豪雨で池となった道路を爆走爆走また爆走!。
道中1時間はこれまた笑える道中でした。
スージーさんは今回の訪日が初めてだそうで、ラバウルからいきなり東京ではさぞかしビックリするでしょう・・・。
(なんせポートモレスビーの空港で「ワ〜ォ!ビッグシティ〜!!」とはしゃいでましたから)どんな印象を持つのか機会があったら聞いてみたいものです。

そんなわけで、定刻通りフォッカーF-28-400は6:30トクア空港を離陸し
雨雲にかすむシンプソン湾を右手にポートモレスビーへ向かったのでした・・・・。


「さ〜ら〜ばラバウルよ〜又来るま〜で〜は〜〜」・・・・です


雨に煙るラバウル全景


(5/10)波乱のラバウルロケ第六日目/暇な一日の巻

いよいよ今日は観光最終日にして全くのフリー。
目覚ましもかけずに7時頃起床。
昨日の薬のせいか腹痛も治まり極めて快調。
8時にホテルで朝食を取り、昨日の薬屋より先に大型店が並んでいることが分かったので土産物を探しにスーパーマーケットへ。


昨日と打って変り今日は素晴らしく快晴。
気温もすでに30度を超えているようで倒れそうな暑さ!。
と言うのも昨日は殆ど食物を口に入れてないし、なんとなく目が回ってきた・・・。
同じ道を歩いてもしょうがないので海沿いの道を行くことにしたがこれにはちょっと失敗。
海岸沿いは倉庫や運送施設ばかりで海は見えず、中央の通りへ出ることも出来ず。
延々灰に埋もれた道を歩くことになってしまった。


マーケットの手前で何とかマラグナ通りに戻り、目的のスーパーへ到着。
このエリアは大型のスーパーが数店並ぶラバウルとしては近代的な巨大商業施設のよう。
店内に入るとかなりの品揃えで日常生活に必要なものは殆ど置いてある。
こんな事なら飲料や食料などここで買いだめしておけばよかった!。
商店は主に中国人オーナーのようで、マネージャー事務所のようなところでは必ず中国人がいた。
レストランと言えば中華だし、スーパーの調味料や食材も中華が多かったが、なぜか町中で中国人を見かける事は無かった。

どの店も、普通のスーパーで土産物等は置いていないため
帰りにマーケットに行きバナナの葉で編んだバスケットを買い、腹が治った所で是非飲みたかったヤシの実(1K)を買った。
ヤシの実は正に天然の缶ジュースと言った感じで表の皮を剥がし直径15cm位の大きさになって売られている。飲むにはヘタ?部分を丸く切り落としてもらい開いた口から飲む。
味はすこし舌が痺れる不思議な酸味と控えめの甘さがスポーツ飲料な感じで意外と売り物になりそうな味ではあった。しかし1個で500mlはあり、おまけに生ぬるいので半分飲んだところでギブアップしてしまった。(実ごと冷やすと割れてしまうそうだ)

ラバウルマーケット

警察署前のスーパー
初めから知っていれば何かと便利だったと重う


ウロウロしているうちに12時を回ったので途中のガソリンスタンドで太いソーセージと鶏の腿肉を買ってホテルへ戻り、涼しくなる4時ごろまでプールサイドで本等を読んで時間をつぶす。
この頃になると、持ってきた2冊の本も3巡目くらいに突入しており、かなり飽きてきた。
ともかくな〜んにもやることがないので実に贅沢に時間を使ってしまった。

夕方、涼しくなった頃 再び夕焼けを撮るため官邸山に挑戦する事にした。

官邸山への途中、ヤマモトバンカーへ立ち寄り、誰もいないところで全景を撮ろうかと思ったら、昨日チェックインした日本人ツアーがバス到着・・・あっという間に日本人だらけになってしまいました。
何とタイミングの悪さ!。
とりあえずガイドのお姉さんが顔見知りだったので挨拶して再びトボトボ官邸山へ・・・「車で3分」と聞いていたがマンゴ通り左折地点の目印であるカイブナリゾートホテルまで結構あるし、そこから荒野を歩いて麓までもこれまた結構な距離。
山道に差し掛かったところで、あまりの悪路に挫けそうになっていたところに、トラックに乗ったヤンチャな若者たちに出会い、平和記念碑まで送ってもらう。みんなで荷台に乗り悪路を爆走するのでコケまくってウケたのなんの・・・。

記念碑横で下ろして貰い、一人夕焼けを期待して待っていたがどうも今日は赤くならないらしい。
そのうちオーストラリア人の夫婦がトラックで来て、2-3枚写真を撮るとさらに官邸山の上へと上っていった。
だんだんと暗くなってきたのと蚊が多くなってきた為、夕日は諦め下山することにした。
よく考えたらここで暗くなったらクレパスだらけの悪路を帰れないではないか!。
トボトボ歩いていると後ろから先程の夫妻が降りてきて、下まで乗せてくれると言うので荷台に載せてもらい海まで送ってもらった。

トラックの悪ガキ隊

崩れた道路


まだ明るいので、トラベロッジ前にある駆逐艦「涼波」のマストを見(左)、船着き場の先で涼んでいると暫くしてキャンプ道具を抱えたカナダから来たと言う白人の一家がどやどやと現れ、桟橋先端に繋いであったボートに荷物を積み込んでいる。

無人島でキャンプでもするのか?と聞くとそうでは無いらしく桟橋に止めてあったボートに乗り込むと沖に停泊しているヨットへ帰って行った。
まさかヨットでカナダから来たのだろうか???欧米人はスケールがデカイ。
そのうち暗くなってきたのでホテルへ戻る。
レセプションでキーを受け取るとメモが2通あり、1通は今朝ポートモレスビーへ発ったN氏とホテルオーナーのスージーさんからでいずれも明日の朝4時に空港へ向かうと言う事と、何とスージーさんも同じ飛行機で東京へ行く事になったので同行して欲しいとの内容だった。

(スージーさんはメチャ・キュートなオーストラリア人女性なのだ!!)

最後の夕食は、昨日買い置きしてあったスナックではサスガに味気ないので、
ホテルのレストランですることに。
入るとちょうど先程のツアー客が食事中で、例によって元市長一家が「ラバウル小唄」を熱唱中であった。彼らも明日の朝同じ飛行機で発つハズである。
部屋へ戻り荷物をパッキングすると、携帯電話の目覚ましを3:30,3:35,3:40・・と5分ごとにセットし寝ることにした。
今回、目覚まし時計を家に忘れてしまいやむなく携帯電話のアラームを使用していたのだが、バッテリー節約のため寝るときだけ電源を入れ使用していたものの最終日にして電池残量も残り僅かとなってしまいやや不安。


(5/9)波乱のラバウルロケ第五日目/空撮の巻

今日も目覚ましセット前の6時頃目がさめる。
今日は最大の山場であるヘリコプターからの空撮である。
しかしどうもアレルギー性と思われる腹痛が続いておりコンディションは劣悪。
撮影の準備はしたものの朝食はパス。代わりに腹の薬を飲む。昨日に引き続き便も液体どころか出すものが無いので緑の粘液!奇奇怪怪!!!!。


加えて朝から滞在初の雨がジャージャー降ってます。
「これじゃあチャーター料大枚300ドルがパーじゃないか!」と一瞬焦ったものの次第に東の空が明るくなってきた「これは!西のシンプソン湾に虹がかかるかもしれない!」と思い立ち粘液状の便はさておきカメラを持ってシンプソン湾へ出かける事に。
待ち合わせの8時にまだ1時間ほどあるので余裕でしょう。
案の定、東に太陽が顔を出し西側はスコールで暗くなっておりベストなライティング。
絶対出てるはず・・・と見渡すと出てましたデカイのが!しかも2重の虹。


途中、ビーチパラソルをさしたフルチンのチビッコがいたのでパチリ。
なぜかラバウルの皆さんはビーチパラソルを愛用しておりみんな大きな傘をさしている。
海岸で虹が繋がるのを待とうと思ったが水際は蚊が多く、スキンガードも役に立たず刺され始めたので
この上マラリアまで貰っては大変!とホテルへ退散。

今日はタミル氏は来ないのでドライバーのジョージ氏と待ち合わせていた8時5分前にロビーへ。
玄関を見るとすでに昨日の車が止まっている。
意外と時間にキッチリしてるよなー・・と思いつつロビーに入るとジョージ氏の姿はなし。
昨日、ヘリポートで10時フライトと決めたとき、ジョージ氏に「じゃあピックアップは9時?」と聞くと「いんやいやいやいや、間に合わないといけねーので8時に迎えに行くだ(ピジンイングリッシュ)」とのファイトを見せてくれたのくらいなのでしばし待って見たものの・・・・・一向に現れない。
外でクッチャべってるのかと見に行けど車はカラ・・・・・。
おかしい。
これは元々彼の車では無いのか??。
そして8:30。
これはおかしい。絶対寝てる!。
そう確信して、レセプションにココボまで行けるドライバーを捜すよう依頼。
そう、ここラバウルにはドライバーを雇わねばタクシーなんか無いのだ。

すると40分ごろ
「準備はいいかい?」とか言いつつ涼しい顔をしてジョージ氏がレストラン方面から登場!
ナニやってんだ!。
「あんたが遅いから違うドライバーを呼んだところだ!」と言うと「ははは・・・」と笑うばかり。
まぁ、知ってる顔のほうが良いし、フライトの後ブナカナウへも行きたかったので
レセプションにドライバーを断り、一発小突いて車へ。

車は彼の物ではなくバジェットのレンタカーだそうだ。
(ちなみにレンタカー屋では不整地踏破用の車しか貸していない)・・・と、言うことはドライバーとしての人件費に加えレンタル料も払っているわけか??。
そうこう話しているうちに40分で到着。
早いじゃないか!。
9時集合で余裕じゃないか!。

格納庫を見ると昨日は無かったヘリコプターがあり、昨日打ち合わせをした白人と現地人の若者が給油のかたわら事務所の壁を塗っていた。「君はパイロットで大工仕事もするの?」と聞くと「たまにね」と笑った。
事務所に案内されるとしばらくして禿頭でブルドック顔の初老の男が現れた。
マネージャーか?と聞くと、マネージャー兼パイロットだそうだ。
早速、用意してあった図でブナカナウ飛行場へのタッチアンドゴーを再現したい旨伝える。
航空法上どこまで低空に降りられるかが問題だと思っていたらさすがニューギニア!特に問題はないとの事で趣旨もよく理解してくれた模様。


ヘリはジェットレンジャーだ!ゾンビみたい!。
「コパイロットの席で撮影するといい・・」と言われたので見ると、ラダーペダルもサイクリックピッチレバーも、そしてドアまで取り外されている!・・・いいじゃん!!! 。          
一応ドアを付けるか聞かれたが、勿論断った。
足下のキャノピーが汚れていたので両面から磨いて貰い、
ヘリをヘリポートの真ん中に引っ張り出す。

いよいよ離陸。
トアク空港の管制塔(多分?)に離陸許可を貰い。コレクティブピッチレバーを操作するとジェットレンジャーはフワリと飛び上がった。
この間、メイキングも撮らねばならないのでVX2000でパイロットを撮影。
ブナカナウは「西飛行場」との呼び名の他に「上の・・」又は「山の・・」と呼ばれていたが近づくに連れホント山の上にあることが分かる。
ジャングルを進むと前方に長方形の草むらが見えて来て撮影開始。
思ったよりも小さい。(全長1200Mのはず)
I氏によると、東飛行場を戦闘機隊の基地としていたが実測では東西の滑走路に距離の差はあまりないらしい。
植物の分布が戦時中の地形を反映しているとすると滑走路ココポ側には大きな空き地が多く援待壕だったのかものと思った。
ヘリはぐんぐん高度を下げ地上5m程を通過し高度を上げる。
近づく所は偵察席からの主観カットなので上の窓で撮り、滑走路中ほどで車輪越しにジャングルを飛び越える合成カット用なのですばやく下の窓にカメラを移し、これまたすばやくファインダーの位置を調整してアングルを決める。

撮影窓をしっかり磨いて貰う

西飛行場上空を旋回中

西飛行場への着陸シーン

念のため、5600kから3000k(ケルビン:色温度の切り替え)でも撮影し3テイク実施した。
付近の人は何だと思った事だろう・・・。
次に海のカットを撮る為ラバウルへ向かう途中雨雲に突入!。
思いがけず雫の流れるサンプルショットを撮る事が出来た。
ラバウルの町とホテル周りの壊滅した廃墟群をザッと撮り東飛行場へ。
こうして見ると東飛行場の方がデカイ気がする。

もっとも東飛行場は噴火前までジェット機が離発着していたわけだから拡張されたというのが正しいかもしれない。
滑走路途中で突然急旋回するので何かと思ったら、97重爆の上で旋回してくれた。
気が利くなあ・・・。そして、遊覧飛行の目玉(?)花吹山火口をかすめココポへ戻る。


朝からの悪天候も多少回復した程度だったが、雲の造型もダイナミックだし(実際に嵐が近づいていて劇中の設定どおりだった)照明条件的には良かったかもしれない。
帰り道、車でブナカナウへ向かい慰霊祭で撮りのがしていた全景カットを屋根の上から撮り、ついでに環境音(鳥とか虫の声)を録音して今回の主目的であった予定カットは全て収録完了。
終わった・・・・バッテリーがもって本当によかった・・・。

帰り道、突如としてすごい雨になる。
「スコール」か?と聞くと「ストーム」だそうで、午後の撮影にしなくてホントに良かったと胸を撫で下ろした。
昼食の時間となったがボリュームたっぷりの中華もウンザリなので途中のスーパーでサンドイッチを買い、ホテルで食べることとした。
あいかわらず腹痛が続いており日本から持ってきた薬も無くなったので「ラバウル観光ガイド」の案内にある薬屋へ買い出しに行くことにした。
薬屋までは約2km。ところが半分も行かないうちに小雨は大豪雨となる。


スゴイ雨であるーーーー「滝のような」とはかくのごときか?。
よく耳にする「道はみるみる川となって・・」と言う形容がピッタリである。
程なく路肩は見る見るみずかさが増して行くため地元民に倣えで中央分離帯へ脱出する。
 (林唯一はラバウルでのスコールを「硝子の棒が降ってくるようだ」と形容している・・)
ついには地元民の皆さんも歩くのを止め店先のテント下へ退避している。
歩いているのは私ぐらいなモノ・・・。


薬屋の目印であるガソリンスタンドが見えたので、隣の店に入ると雨宿りの地元の皆さんですし詰状態ですんごい熱気・・・。
店内は電気が無いため薄暗く、狭い店内に洗剤など日用品、食料、天井に衣料・・がドチャッとあるのが見える。
ここが薬屋なのだろうか???。
丁度良いので夕食用に正体不明の丸い揚げ物と、謎のサカナのフライとパイ風の謎包み焼きを買い、併せて下痢止めを聞くと、置いてない無いと言う。
やはり薬屋ではないようだ。


人を押しのけて豪雨の外に出ると50m先にもう一軒ガソリンスタンドがあることに気づき、行って見ると隣は「ファーマシー」との看板があった。一軒手前だったようだ。
中を覗くと先程の店と同じく真っ暗だが幅の狭い扉には「オープン」の札がかかっている。フト気付いたのがどこの店も防衛索は厳重なこと。スーパーは駅の改札のように警備員のゲートを通るし、ココポの銀行では2重の扉を警備員が開けることになっていた。
この小さな薬局も窓を叩き割られて侵入できないよう窓には鉄格子があり、入り口も狭く出入り口が別になっており大勢が一度に乱入できない設計のようだ。
さて、中に入ると真っ暗の店内にニコリともしない白衣の女性3人がギラギラと目玉だけを光って立っていおり、傘を店内に持ち込むな・・と注意される(なんで?)。下痢止めを頼み、店内を見渡すと日本の薬屋のように棚にぎっしり商品が並んでいる。
日本の薬局に似ているが違うのは棚の上には大型の玩具が乗っかってい事だ(なんで?)。
暗闇の中レジに案内されるとレジの脇に蝋燭が灯され、ユラユラ揺れる炎がレジのお姉さんを一層不気味にライティングしている。
「すごい画だ・・・・・ハイテクと原始生活の融合にPNGの現在を見た」・・とばかりに写真を撮ろうと思ったが3脚無しでは写りそうに無いので止めた。(薬は24.8Kだった)


折角ここまで来たので、豪雨のマーケットで買い物をしている人がいるものなのか見に行くと、サスガに皆テントの下で雨宿りをしていた。

そんな雨もホテルに着く頃には一時小雨になったモノの、夕方からは再び豪雨となり、合わせるように体調も激悪なので買ってきた薬を指定どおり4時間毎に飲みTV見ながらゴロ寝を決め込むことになった。

・・・・そんなわけで数時間PNGテレビ事情を垣間見る。

放送されているチャンネルは2,3(BBC),4,5(6<5と同じ)の4チャンネルでなぜかチャンネルによって音量がマチマチ。コマーシャルが入るとこれまた音量がマチマチで迂闊にチャンネルを変えると大音量でビックリする。
3がBBCの南太平洋チャンネルで、あとがオーストラリアの番組らしい。
(出てくるのが白人ばかりで天気予報もオーストラリアだけだから)
5チャンネルはabcで数時間PNG独自の番組(EMTVと言う局?)があるようで、これがまた面白い!。
大いに笑ったのが「CHMスーパーサウンドビデオヒッツ」と言う番組。
これはPNG版MTVらしく、半裸のPNGネイティブがエレキギターを構えた姿がアメコミ調で描かれたアイキャッチャーがまず笑える。
決して「ハズして笑いを取ってるわけじゃなく、極めて真面目」だから面白い。
ミュージッククリップはみんなハンディカムで撮っていて(しかもHi8!)画質メロメロ、
見たクリップの殆どが働かない旦那が奥さんにドツかれる内容の「再現ドラマ」みたいなのが挿入されていて取るほうも役者も素人丸出しでマズイ自主制作のノリ。
インタビュアーが人気(?)ミュージシャンへインタビューしてもミュージシャンのマイクが壊れていたらしく音がぼこぼこで殆ど聞き取れなかったり、全てがコントの様な出来。
コマーシャルも自主制作風の仕上がりでGOOD!。
洗剤のコマーシャルでは「水でも落ちる強力洗剤!3つのパワーで激落ち必至!」とか解説しつつ画面のお母さんたちはタライで手洗いじゃぶじゃぶ。
川原で手洗いじゃぶじゃぶ。
・・・川原で洗濯してる人たちはこのCMを見ることができるのだろうか?と言う疑問が思わず出るほど良質のコント満載であった。


(5/8)波乱のラバウルロケ第四日目/離陸シーン撮影の巻

今朝からいよいよ751空の皆さんと別れ単独行動となる。
今日は珍しく朝起きたときから腹の調子が劣悪で計三回延べ30分以上に渡りトイレにこもってしまった。どうやら昨晩大盛り上がりの中で確認もせずいろんなものを口に運んでいた中で、一房に異臭を感じたミカンを迂闊にも飲み込んでしまったことが原因の様。すなわち大失敗・・・。
とりあえず出すものを出して胃腸薬を飲み軽く朝食を取り、751空の出発までゴロゴロすごす。

出発10分前、玄関に下りていくとすでに全員が集まっておりN氏をはじめ皆さんノリノリでホテル玄関に停車したバスの前で「ラバウル小唄」、「ラバウル航空隊」を全員で大合唱!。
そして、N氏は従業員から熱烈な(?)キスを受けると最後までノリノリのまま751空一行は瓦礫の町へと消えていったのでした。
・・・・・やんちゃで愉快な人たちだったなあ・・・。


それにしてもほんの手違いで3日間同行できたことはホントに幸運だった。
後で分かったことは、初日ラバウル空港で私を迎えにきた女性がいたらしと言う事。
バスがこなくてパニクッていた751空の手配などでゴチャゴチャになり、結局訳がわからないまま日本人全員をラバウルの町まで送る手配をしてしまったらしい。
ここで私の名前を呼ばれたら間違いなく751空の人たちと別れ、
以後別行動となっていたはずですからホントにラッキーだった。

ホテルに静寂が戻った頃(?)今日のガイドをしてくれるタミル氏ととドライバーのジョージ氏と会う。
タミル氏は本職は空港の管制官だそうでハママスホテルのガイドもしており、加えて日本でいうところの商工会(かな?・・)の議長もしているとのこと。
すごい忙しい人だ。
そう言えば昨日までのツアー会社社長(?)もラバウル前市長だったのだ。

今朝は腹に加えてカメラのご機嫌も激悪で751空熱唱撮影中に突如「VTRワーニング」で止まりテープのローディングすら出来なくなってしまった。
バッテリーでないとすると結露かと思い、時間稼ぎに銀行へ送ってもらい、1万円をキナに両替し、ついでにラバウルマーケットで時間をつぶした。
車に戻るとカメラは程よく熱せられ(いいのかな?)電源を入れると問題なく立ち上がった。
やはり結露だったようだ。
ーーーー焦った焦った・・・。

<PLフィルターの威力!>
今回、PLフィルターを使用しました。効果は以下の通り絶大!

PLフィルター無し

PLフィルター有り


で、本日の予定に従いまずは先日のロケハン(?)で西飛行場からの発着シーン合成素材が撮れそうに無いことが分かったので空撮のみブナカナウを使い、タキシング中の移動撮影は東飛行場で車から行うこととした。

今回は、花吹山と東飛行場間に広がるマチュピット湾に降り火山近くの海岸まで連れてっもらい
メイキング用カットを撮影。
湯気が立ち上る海面に手を入れてみると水温は45度程度かやや暑めの良い湯加減。
その後ドライバーとタミル氏に撮影の内容を説明。
滑走路一杯に下がり滑走路センターに沿って「離陸する一式陸攻を併走撮影」シーンの背景を2回撮影。
3テイク目は、タミル氏のアイデアで後ろのハッチを開け、前方からのショットを撮影。
ところが!走り出してしばらくするともうもうたる火山灰が巻き上がり、機材も自分も車の仲も真っ白になってしまいまった。
火山灰の粉末はかなり微小でありとあらゆる隙間に入り込みレンズもマッシロと化し撮影終了。
メガネもコントの小麦粉のごとくマッシロです。
やーあせったぁ・・・。

東飛行場滑走路跡

温泉卵も作れるマチュピット湾
ここで作られた温タマは
マーケットで売られている

マチュピット湾の廃墟群


合成するとこんな感じになる


滑走路は一見平坦だが、走行するとかなり揺れるためカメラを確認すると色温度のディップスイッチが変わっている事を発見。
念のためもう1テイク撮影。画角を変え再度同行シーンを撮影した。


97重爆はこんなに小さい

ついでに再び97重爆を見に行って前回良く分からなかった機首から5m程離れた胴体を確認。
(ここは単独で来ると10k取られた)その胴体は良く見ればなんて事は無い97重爆の尾部ではありませんか。
特徴的なカマボコ型の出入り口が開いており、その狭さは子供用の扉のよう。

その後、11:30を回ったので中国人の経営する中華料理屋(廃墟のガソリンスタンドが中華料理屋になってる)で昼食を取り、(日本人価格でなかったので安かった)とココポの戦争博物館で撮りわすれたカットがあったのでココポへ向かった。

しかし、タミル氏は有名人らしく行くとこ行くとこ知り合いが多く挨拶と握手は毎回・・・。
さすが議長。
食べ終わると、火山観測所へ連れてってくれると言うので、ラバウル全景を3脚で撮り直すため再度訪れた。
加えて、観測所内を見学できるよう所長の許可を取ってくれる言うのでお願いした。

観測所の中にはいると若い技術者が94年の大噴火の模様と観測機器について説明してくれた。

火山付近とラバウル各所には無人の観測機器が設置され、送られたデータはこの観測所に集められ、パソコン(DOS-V)で観測を行うとの事。見てる間にも地震が発生しており波形がドラムに書き込まれていく。1日どの程度地震が発生するのか訪ねたところ無数の波形が記録された用紙を見せられた。花吹山は今もなお活発に活動しているのだ。


観測所の後、撮影のため大発洞窟へも再度訪れた。
(前回はビデオライトを忘れてたのでイマイチだったのだ・・・)
1人で来ると3キナ取られた(とは言え100円くらい)・・・。
ともあれ観光ビデオ用にバッチリ撮影。
続いてこれまた途中下車で記念撮影をした花吹山対岸で停車し、ここでも3脚を使用して撮り直し。
続いて前回入らなかった日本軍洞窟に入ってみたがコウモリのフンが臭くて30m程で退散、ココポへ向かった。


途中明日以降の予定でヘリコプターの手配が必要だとタミル氏に告げると、パイロット紹介できると言う事でココポのヘリポートへ寄ってもらう事になった。
それとビデオに挿入するため現地の地図を買いたい旨伝えていたが、どうやら本屋とか無いらしく、連れて行かれたのが何の看板もない殺風景な事務所(直訳すると道路管理事務所・・・か?)へ連れて行かれCADデータからプリントアウトしてもらった。
ラバウルの住宅地図とガゼル半島全図・・・なのですがここまで詳細なのはいらなかったなぁ。
・・・・サイズもB全だし。
・・・・・・おまけに無料かと思いきや33Kだし・・・ちょっと高かったなぁ。


ココポの戦争博物館では前回撮り忘れていた、一式陸攻の羅針儀周りの取り付け部分と時間切れでよく見られなかった展示室、倉庫、事務所内の未整理パーツを撮影した。
事務所内の棚の中には零戦の計器板の一部と言う掘り出し物(但し状態は劣悪!97重爆の計器板もあった)や、展示室下の倉庫にもワンサと・・「ゴミのように」の日本機の残骸やパーツが転がっていた。
倉庫・・と言っても高床式の1階に部分にホントのゴミと一緒に機銃や一式陸攻の主脚が転がっている。
主脚の銘板を見ると「製造:岡本ゴム」とあり、タイヤだけでなくアセンブリで製造していた事を知る。
ゼロ戦の栄エンジンも屋外で朽ちるに任せられている。

一式陸攻の操縦席

一式陸攻の羅針儀取付部

零戦の計器板

あと事務所で「ラバウル観光ガイド」と言う日本語の小冊子を見つけ、今更ながら購入。

(2K、後日ポートモレスビーの観光案内窓口でも売っていたことが判明)これまた手書きコピー印刷のすんごい装丁で、テイストはズバリ「遠足のシオリ」!。どこかの日本人学校の有志が作ったのかと思ったら発行は「パプアニューギニア東ニューブリテン州政府観光局」だそうだ。あまににも手作りすぎて泣けました。でもこの中の説明文がそのままニューギニア航空のホームページにも転載されてるので権威ある物なのかも?と言うのは「陸式一攻」(一式陸上攻撃機=一式陸攻が正しい)の誤字もこちらがオリジナルのようだ。笑える!。
ただ、内容はそれなりでバスルートや銀行やマーケット等現地での行動には役立つ情報があり、初日に入手していれば便利に利用できたはず!。


その後、1機のジェットレンジャーを所有するHELI NIUGINI KIMBE社へ行き、撮影内容とコースを説明。
料金は時間制で1時間750ドル、30分で300US$と言うことで30分の飛行を依頼。
明日10時で約束した。
しかし、ハワイ等と比べるとかなり高額である。
しかも支払いはカード不可、現金のみとの事で、ココポの銀行へ行ってVISAでキャッシングする事となった。
現金を持ち歩きたくないからカード持を持ってきたはずが結局カードを使う場面は一度も無し。
ともあれヘリのチャーター料も確保したし、パイロットにもコースを伝えたし後は明日のお楽しみだ。


銀行での手続きが思いの外かかり(キャシュディスペンサーなど無く銀行員が手作業で手続きを行うので・・)
予定していたブナカナウのロケハンは止めてホテルへ戻る事にした。

帰り道ここ数日滞在したせいか地理が分かってきて廃墟に見えた街も活気が感じられるようになってきた。

ホテルへ戻ると今日チェックインするはずの(本来私が参加しているツアー)一行がマダンより到着したらしく荷物が並んでいた。
コーディネーターのN氏とも会えるはずで、やっと、ここ数日の混乱から抜けられそう。

いつもどおり19時に食堂へ行くと2−3人の日本人が丸テーブルを囲んでいた。
今日から私は「部外者」です。
ウェイトレス(?)も私が751空と発ったと思っていたらしく「あれ!何でこの人だけ残ってんの?」と言った顔つきで何処の席に座らせればよいのか躊躇してる様子。
4人席に座ってよいか聞くとOKだそうなので座るとメニューを出される。
そうか!!。
ホントは1人旅だから初日からこうなるはずだったのだ!
751空の席に紛れていたので3日もタダ飯を食っていたことに気づいた。
やーーーーそれもそうだなぁーーーー全然気がつかなかったハハハ・・・。


しかし、751空のN氏がいないレストランの寂しいこと・・・・
毎晩大盛り上がりだった日々が懐かしい。
相変わらず腹もいまいちだしでビールは胃にシミルしーーー。
中華なのでスープとサラダとチャーハン頼んだらとても1人じゃ食いきれないし
半分食べたら腹も痛くなってきたので退散しました。


なんか侘しいなぁ。
どうも持病(?)の甲殻類アレルギーの何かに当たったようで異様な痛み・・・
まったく、しょぼくれるなぁ。


(5/7)波乱のラバウルロケ第三日目/洋上慰霊祭の巻

ホテルの朝食は、中華レストランでのバイキングで一般的なホテルの朝食・・PNGはコーヒーが有名なはずなのに何故かここはインスタントコーヒーが置いてあり「ご自由に作ってください」と言うことらしい。
席に751空で火器整備を担当していたN氏がいたので当時の様子を聞く。

<その時の話>
N氏は岐阜県からの参加で当時は、爆弾の投下装置、搭載銃器を整備していた。
航空魚雷のテストも担当しており1km先で浮かび上がる模擬弾頭を付け、実際に陸攻から投下し、浮かんできたところを回収していたとの事。
ラバウルを引き上げ鹿屋に戻ったときの話である。
ある日、見たこともない謎の一式陸攻が飛来した。開閉式の爆弾扉が外され大きく開口した機体に不信を抱き、操縦員に聞いても軍事機密だの一点張りで答えない。「俺たちが整備するのに機密もなにもあるかい!(怒)」・・とN調に一括したところ「丸大をのせるんだ」と言う「丸大ってなんじゃい!」N氏は問いつめる「人間が乗ってくロケット爆弾だ」と操縦士答えたと言う。その機体こそ桜花の母機となる「一式陸攻24丁型」であった。
「遅い一式に(桜花を)つんだらカモやで・・・・殆どたどり着けんかったなぁ」と当時を回想する。
その後、本土決戦に備え中国から爆撃機を飛ばす計画があり751空は中国へ渡りそこで終戦を迎え、翌8/16日帰国したとの事。
帰ってみると終戦を知らない人がいて「なんでおまえがいるんじゃ」驚かれ
「アホ!戦争は終わったんじゃ!」と答えたとか。

今日はラバウル日本軍侵攻60周年記念イベントである平和記念碑での慰霊祭に参加するため8:30にホテルを出発。噴火の被害で廃墟と荒地と化した町を抜けクレパスだらけの山道を登り記念碑へ。
しばらくしてオーストラリアの元軍人、日本大使、関係国の偉い人が到着。
ラッパの演奏の後、顕花をし終了。
その後めいめい記念写真を撮り解散となった。

田中大使をはじめ各国関係者での慰霊祭

そして官邸山を下りるとマンゴ通りを左へ曲がり東飛行場へ移動。
ホテル前のマンゴ通りを20分ほど走ると、突如火山灰に覆われた滑走路が広がり、目の前に巨大な花吹山が現れる。
ここは噴火前までラバウル空港として機能していただけに、ブナカナウの様に雑草に覆われておらず、火山灰の荒野が一直線に広がっている。
滑走路背後にそびえる花吹山・・これこそ幾度と無く写真で見かけた零戦が翼を連ねる「東飛行場」である。
負傷した坂井飛曹長は一旦は着陸を見合わせ、あの花吹山の右側を抜けてシンプソン湾を右旋回し、再びラバウルの町から着陸した訳だ。
・・・と吉田一が撮影した写真を思い出した。

上空から見た東飛行場跡

上空から見た97重爆


今日は花吹山も滑走路も良く見えるが、強風で砂煙に覆われている事も多く、今日のようにクリアに見渡せる事も少ないらしい。
その後、東飛行場脇のジャングルにあるこれまた有名な爆撃機と零戦の残骸を見に行った。
ジャングル脇に車を止め小道を5分程歩くと急に広い場所に出て爆撃機の機首が見える。
「ラバウル最後の航空隊」表紙にある写真(噴火翌年)で1m程埋まっている状況を知っていたが、現在はさらに火山灰のレベルが上がり、地表面からは殆ど埋まってしまった様子で機体周りに深さ2m程の穴を掘り何とか見える様、整備(?)されていた。
ゼロ戦は完璧火山灰の下だと思っていたらこちらも移設した上にさらに1m火山灰が積もったようで、爆撃機同様50cm掘られていた。
栄エンジンなど既に化石のようで、隙間に固まった火山灰から雑草が生えている。
そこは太古の化石を掘り起こす発掘現場の様だった。

東飛行場跡

97重爆の近くにいたチビッコ

97重爆


今回の旅の目的の1つである「爆撃機の機種調査(・・・・って97重爆ですが・・)」を、せっかく日本から図面を持っていったので「窓のフレームの形、キャノピー上にあるアンテナの位置からも間違いなく97重爆であることを確認。
操縦席内部を除くと97重爆の特徴である副操縦席下の通路が見える。
(ここにひん曲がった操縦桿があったわけだ)
元一式陸攻搭乗員E氏も「一式はもっと大きいですね」とのコメント。
事実比較すると1周りほど違う。

一旦ホテルに戻り、昼食を取った後シンプソン湾洋上慰霊祭に同行することにした。
2時にラバウルの港へ行き遊覧船に乗り込む。
戦記に曰く「シンプソン湾は油壺のように波もなく・・」の通り、殆ど波が無く湖のようである。
シンプソン湾出口、花吹山と西吹山の中間あたりで慰霊祭を実施、花と酒を海へ撒く。
751空の人たちにとってはラバウル撤収の際整備員など技術者400名が乗った輸送船が撃沈された場所である。
午前中訪れた東飛行場を見ると、火山灰が砂嵐のように舞い上がり薄黄色の煙に覆われていた。

洋上慰霊祭


(5/6)波乱のラバウルロケ第二日目/ブナカナウ慰霊祭の巻

6時に起き、朝のラバウル市街全景を撮影するため官邸山中腹にある平和記念碑を目指す。
ホテルの前に出て見ると遥かかなたまでまっすぐ道が伸び中央分離帯に電柱が続いている。
道路両脇には建物は無く、路面はアスファルトがガタガタに荒れ、歩道周りは火山灰が溜まりまっすぐ歩けない。


かつてここはマンゴ街道と呼ばれ沿道にはマンゴの木が立ち並ぶ官庁街だったと言うことだが今はまったくの荒野である。
ホテル裏の官邸山中腹からのショットを撮るためマンゴ街道を左に曲がり火山灰に埋もれた道を登る。
両脇は火山灰によって倒壊した建物や、すでに埋もれ地層から鉄骨が露出している。
しばし撮影したところで昨日充電が怪しかったバッテリーが切れてしまった。
実働3分か!!!これはヤバイ事態になってきた。


太平洋の碑は下からでも良く見えるので目指して歩くが意外と遠い。官邸山に近づくにつれ道路は火山灰に埋まりついには火山灰の荒野となってしまった。それでもなお進むとジャングルに突き当たり、建造物の数十メートル下と言う所で進めなくなってしまった。
諦めて帰ろうとして振り返ると焦ってしまった。道が無いのだ!。
行きは白い構造物を目標にしていたからいいようなものの、帰りは獣道が迷路のように広がる荒地である。とりあえず山と反対側に向かって歩くと遥かかなたに電柱の残骸(半分まで火山灰に埋まっている)が転々と続いていた。
これぞ文明の痕跡!・・・とたどり、なんとか道らしい所にたどり着いた。ふーよかた。朝のスリルはこんなモノで十分すぎた。
それにしてもバッテリーの充電が出来ないとなると、今回の旅行目的事態が揺らぐことになってしまう。最悪の事態(VX-2000での撮影を想定する必要あり・・・。

9:00ツアー出発。
バスに乗る直前、出発する一行をカメラに押さえる為カメラを構えるとズームレバーが動かない事態が発生!何度か切り替えを行うと中からプレート状の部品が落下・・・・・!「げ!」その代わり手動でのレバー操作は何とか可能になった。
一体全体どうなってんだ?!。
何とかバスの中で平静を取り戻し「ま、最悪予備のVX-2000で・・・」と思ったら大失敗!部屋に忘れてきてしまった。
ドヒャァァ〜ン(擬音)。

今日は便乗させてもらっている751空慰霊団の主目的であるブナカナウでの慰霊祭である。
海軍防空指示所のあった中央高地(入り口に一式のプロペラがある)を見た後ラバウルの町を一望できる火山観測所へむかう。道中は「トンネルヒル」と呼ばれ日本軍の掘ったトンネルが無数にあり総延長は500kmにも及ぶという。
参加者の一人が当時の話をしている「トラックで観測所へ向かう途中で空襲があるとトラックをほかって近くの穴に逃げ込んだんだ。」「曲がり角に開いてる穴はは機関銃があって・・」。
バスは、火山観測所につき思い思いに写真を撮った。
帰り道、当時気象観測所へ勤めていたH氏の案内で当時の気象観測所跡へ行く。
小道を上がっていくと火山観測所の裏手へ出る。
ここに第八気象隊の気象観測施設があり毎日ラバウルから通勤したそうである。(H氏は軍属だった)
氏曰く現在は施設の面影は無く、道にかすかな痕跡が残るばかりだそうだ。


その後、シンプソン湾とは反対側、最北端のビーチにあるサブマリンベースへ行った。
ここは何てこと無いタダのビーチで海岸沿いの崖に横穴が掘ってあり、ここで沖に停泊した潜水艦との間で物資の運搬をした・・と言われているがホントのところはわからないようだ。
そして私の目的地であるブナカナウへ向かう。

ブナカナウでの慰霊祭

「ジャングルに閉ざされている」・・と当初言われていたが、なんてことは無い。
近くまで民家があり(近所に広い学校もある)、難なく到着。
着いてみると旧滑走路面には高さ2mほどの草が生い茂り殆ど見通しは効かない状況。
確かに「閉ざされてる」と言う表現も正しいかもしれない。
旧滑走路脇にはヤシが壁のように並びかろうじて縦長のスペースがある事が分かる。中央には車1台分の「獣道」が延々続いている。
751空の皆さんの話によると、東飛行場方面に向かって離着陸を行ったとの事。進行方向右側に搭乗員宿舎(木造)があった。乗員は宿舎だったが整備兵はテント(?)暮らしだったそうだ。
当時の施設は援体壕を含め全く面影は無い。
戦後、空港として使用する計画があったとの事ですべて更地にされてしまったのかもしれない。
慰霊祭が始まり撮影していたところ突然ビデオが動作不良に。
もう今日は霊現象続出か????・・と思ったらクサレ充電器のせいでやはり充電不良であることが判明。
・・・・・・・先は長いっちゅうに・・・大丈夫だろうか。
最悪VX2000があるから良いけど折角重い思いして持ってきたんだから頑張って欲しいもの!!!。


慰霊祭の後、見晴らしの良いトーマへ上り、サンドイッチの弁当にてランチ。
今回唯一の陸軍から参加のW氏から船舶工兵の話を聞く。
大発を駆り島から島への海上輸送で多くの物資を運んだとの事。
船舶工兵の多くが瀬戸内海の漁師で構成されており、海水を舐めるだけで川が何処にあるか分かり、昼は潜んで夜出航すると言う作戦で1人も部下を死なせなかったとの事。

その後、台湾人墓地と裏にある防空壕見学。ここの洞窟は広く上下数層に別れかなり複雑な様子。

ホテルへ戻った後は、この日記を書いたり本を読んだりとゆっくり過ごす。
・・・と言うか、他にやることがない。


(5/5)波乱のラバウルロケ第一日目/ホントいろいろ有りすぎ!の巻

1:20成田を出発したニューギニア航空55便は成田を発った。
ニューギニア航空のスチュワーデスほど強面は世界に例を見ないだろう。機内に入ったとたん気分はPNG(パプアニューギニ)だ!。
客層もスゴイ。若者なんか一人もいない!いるのは靖国神社でよく見かける略帽をかぶったおじいさんたちだ。

成田〜ポートモレスビー間はおよそ7時間。寝るには短く、暇を潰すには長い・・。

機内食も出るからボケボケしてるうちにもう到着だ!。
時差は1時間!結局寝られなかった。
6:00飛行機はポートモレスビーへ降下を開始したが窓の外は真っ暗で何も見えない。
ここがかつて日本軍がオーエンスタンレー山脈を越え決死の爆撃を行い、陸路を向かった陸軍部隊は飢餓と疫病に倒れついには町の光すら見られなかったポートモレスビーなのか?!

到着して、入国審査へ向かう。思ったよりかなり小さな国際空港で入国審査ブース3箇所バゲージクレイムは1箇所しかない。入国審査を抜けると目の前に両替所と国内線のチェックインがあり、ロビーを抜けるともう外だ。
入国審査を終えた老人たちはさらに国内線をのりつぎニューギニア各地の戦跡へと散っていった。
私の乗り換えるラバウル行きは5時間後だ・・・長い!。


国内線のチェックインカウンター(と言っても国際線バゲージクレイムの隅にある1ヶ所)では団体ツアーの荷物をさばいくのにてんてこ舞いの様子で、一段落するまで最後尾で待つ。
なにせ5時間もあるのだ急ぐ必要もない。
暇なのでカウンターで同じく手続きを待っていたツアーリーダーとしばし話をし、目的地が同じラバウルであることを知る。
どうやら今日ラバウルへ向かう日本人は自分とこの団体だけのようだ。1人なら朝食を取りにポートモレスビーまで行くが一緒にどうか?と勧められたが、自分の参加ツアーの方でも手配してくれているとの事だったので断った。
それが後日お世話になるP社ツアーにアドバイザーとして参加していたI氏との出会いだった。


到着ロビーを出ると、私の名前を書いた紙を持った3人のニユーギニア人と合流。
ボスのルーカス氏は今回色々と手配を頼んだN氏のホームページで見たことがあるスーパーマリオ似の現地案内人だ。
「?!・・」・・腕を見ると7センチほど皮膚が切れ白い肉が剥き出している。
聞くけば昨晩ビンの破片で切ったらしいが・・・ルーカス氏は「ノ〜プロブレ〜ム」と言うとニヤリと笑った。
口の中を見てぎょっとした!どうなっているのか??それは血のように真っ赤であった。


ロビー前の道路に車が止めてあり、助手席を勧められる。
座ると窓に、窓枠に赤い液体が飛び散った後が転々とついている。
ルーカス氏と奥さん(?)と謎の男性と共に車は出発し。
かすかな不安と共に暗闇の山中を進む。

いけどもいけども山の中である。
上空から見て暗いはずで近くには何も無いのだ。       
峠を越すと白み始めた彼方に点々と灯る町の光と海が見えた。
あれがかつて中攻隊を次々と飲み込んでいったポートモレスビーか!!!!。
ルーカス氏が港を見下ろす丘で車を止めてくれたので、ざっと全景を撮影する。  

ポートモレスビーのダウンタウンに着く頃には徐々に明るくなってきた。
ダウンタウンと言っても、小さなエリアで山の中に忽然と姿を現す温泉郷みたいな感じだ。
ルーカス氏は町を見下ろす山の途中で道端を歩いていた女性の脇で車を止めると、緑色の実を受け取った。それがPNG名物「ビトルナッツ」(BEWTEL NUT)であった。
「タバコの代わりだ」とルーカス氏は言うが酒の代用品らしい。
後部座席の2人もモグモグやりだしペッ!とカスを車外へ吐き出す。
すると口の中は鮮血のように赤く染まる。
口の赤いのも、車中の血痕もこのビトルナッツだったのだ。
よく見れば交差点や信号機手前では皆が吐き出すので路面が真っ赤である。
すげェ嗜好品だなぁ・・・・と感心しスペルをメモった。
なんでもPNGではアルコールの文化が無かったそうだ。

そういえば空港のサインにも禁煙のサインの下に丸い「太鼓」みたいな絵にバッテンが描いてあったが、これは「禁ビトルナッツ」のサインだったようだ(空港内太鼓禁止かと思った!?)。
その後、水上生活者の村や日本軍爆撃により湾内で座礁した朽ち果てた輸送船を見た後、山の中の大学敷地内で行われているマーケットやポートモレスビーのマーケットなど、ルーカス氏には5時間フルに色々連れて行って貰った。ルーカス氏はとても親日的な方で最近生まれた子供に日本語の名前までつけているそうだ。朝食は空港を見下ろす山の上にあるホテルのレストランで山間にある滑走路が見渡せる最高の景観だった。お礼に、朝食を誘うが「我々はホテルの外で待っているから・・」との返答。
そればかりか朝食の代金まで払ってくれた・・・。
その後、空港まで送ってもらい待合室で別れると1時間ほど待つこととなった。


しばらくするとI氏率いる慰霊団がやってきた。
成田では気づかなかったが慰霊団の帽子には751空とある。
751空と言えば 木更津空と共に初の陸攻隊であり1941年12月10日、マレー沖海戦にて英主力艦2隻を屠(ほふ)り去った有名な鹿屋航空隊ではありませんか!程なく隣のおじいさん同士写真を見せ合い「前に行ったときの西飛行場がね・・」との会話が聞こえてきた。
すかさず話に加わると、その方々はかつて751空でラバウルにいた一式陸攻整備員の方々だったのだ!。
メンバーには雷撃経験のある元搭乗員もいると言う事。
なんたる偶然なんたる幸運!。


陸攻隊の事を調べに来たと言うと、写真が載ってる本がある・・と「写真集ラバウル」と言う本を持ってきてくれた。
なんと、その著者こそ慰霊団団長(?)ツアーリーダーのI氏であった!!。


陸攻の写真は散々探したので、さほど期待もせずパラパラとめくっていたが、なんと!衝撃的な写真が2枚も掲載されてるではないか!。1枚は最も希少な11型(整備の方の話では当時イチイチガタと呼んだとの事)の操縦席写真(未公開モノ)、もう1枚は操縦席の残骸写真である。
残骸はなんと有名なココポ戦争博物館に展示されている物だと言う。
ココポはゼロ戦の残骸が有名でインターネット上でも度々写真を見かけていたが、まさか一式陸攻の残骸があるとは思いもよらなかった。
これまた何という幸運!。

また、東飛行場の「墜落爆撃機の残骸」と称される例の機体も「97重爆」と書かれているではありませんか。I氏も現地ガイドに「あれは一式陸攻じゃなくて97重爆だ」と力説しているようですが未だ「一式陸攻」で通っているとの事。
I氏によれば当時、陸軍航空隊の97重爆が進出していた記録があり、あってもおかしくは無いが、一方で戦後オーストラリア軍による大掛かりな処理が行われ援待壕は跡形もなく壊され、残された機体はまとめて廃棄された為、該当の97重爆などは廃棄のため移送されたものである可能性もあるとの事である。
興味深い・・・。

搭乗の時間となり滑走路へ移動。
バス停のような感じで飛行機まで歩いて搭乗。双発の小型機を想像していたら、フォッカーF-28-400(片側3席片側2席)だった。
残念ながら座席は右列の通路側(おまけに満席)で外は全然見えないのでがっかりしていたら、斜め前に座っているのは先ほどの元搭乗員氏ではないですか!!。
水平飛行へ移った後、話を聞くとなんと「紺碧〜」の主人公と同じく偵察員で17年9月にラバウル入りした甲飛2期!バリバリのベテラン氏であった。
しかも雷撃経験ありで(雷撃作戦で命を落とす確率は高く、3回生き延びた者はいないと言われている)、フィフシュハーヘン沖で雷撃に参加し撃墜され(8機中帰還できたのは3機)小指を失ったものの奇跡的に助かったと言う経歴の持ち主だった。(後日、別の方から、その後洋上でオーストラリア軍に捕らえられ、送られたのがかの有名な「カウラ収容所」であった事。そして昭和19年8月、日本兵238名が射殺されたカウラ収容所暴動の際、収監されていた約1千名の捕虜の1人であった事を聞いた。)

<その時の話>
・胴体床の両脇に10cm程度のすき間があった。
 荷物が床下に入り込むことがあり、それが操縦索(ロッド)へ
 引っかかり墜落したこともあるとか。
 「なんであんな隙間があったのか・・???」というのはE氏の談。
・偵察員は指揮官席は使わなかったのか?との質問に対し、使わなかったとの事、
 指揮官席はホントに指揮官が搭乗するとき以外空席だった(前に聞いた井上氏も名称が
「指揮官席」なので遠慮してしまうそうだ)。
・偵察員は離着陸飛行中と偵察席が定位置だった。
 以前井上氏から離着陸時は恐ろしくて誰も乗らなかったと聞いていたが、
 E氏曰く「確かに怖かったが慣れれば平気だった」との事。

その時機内から「花吹山が見えた!」の声が上がった。機内は騒然となり、いっせいに左側の窓に視線が集る。
頭越しにチラリと見えた山は穏やかな白い噴煙を上げている。
あれこそまぎれもなく花吹山だ!遂に来たのだ!ラバウルに。


飛行機は極めてソフトに着陸すると小さな空港ビルの前で止まった。
空港ビルには「ニューラバウル空港(トクア)」とある。
荷物の受け渡しが落ち着くと、再び慰霊団の方々とはお別れなはずだった。
I氏によるとPNG日本大使(田中大使)が迎えに来るとの事なので、例の「日本軍侵略60周年記念イベント」に参加されるのだなぁと見送るつもりでいた。
ロビーに出て見るとポートモレスビーにいたような迎えの人がいない。
まあ、のどかな国なんだろうから郷に入れば・・で、慰霊団を見送るつもりだった。
ところが慰問団も迎えの現地ツアー会社が現れず混乱している様子。
そのうち田中大使が着たようで数台の車とライアットショットガンで武装した婦人警官が同行している。
良く分からないが、大使一行の車に全員のスーツケースを積んでくれることなり荷物だけ先行してラバウルにあるハママスホテルへと向かうこととなった。
私の荷物も同じホテルということでI氏の好意により 運んでもらえる事となった。


しかし、私も、団体ツアーの方も一向に迎えが来ない。
その内数台のバンが到着するがいづれも、予定していた迎えの車では無いようだ、ところが、これまた良く分からないが大使と一緒に来たと思われる無線機を持った女性がなにやら仲介し、I氏率いるツアー一行は集まったバンに分譲してラバウルへ行けるようになったらしい。
ナニがどうなってるのかサッパリわからないが、I氏曰く少なくともここに取り残されるとタクシーも無いしどうにもならないとの事で同行を勧められた。


もっとも約束の時間を30分以上も経過しており、そもそも私を迎えに来るはずの人物がいるのかも確認し様が無いので(現地担当者名はおろかツアー会社名も知らなかったのだ!)慰霊団に同行する事とした。
慰霊団は途中ココポで昼食の後、戦争博物館や大発洞窟へもいくらしい。
元々は明日以降訪ねる予定だったので丁度良い。


3台のバンに分譲すると、やっと空港を出発することが出来た。空港の敷地を出てしばらくするとヤシ林に囲まれた恐ろしくガタガタの一本道となる。
途中右側の森の中に旧陸軍の南飛行場があるそうだ。

ココポは94年の噴火によるラバウル壊滅後住民と共に都市機能が移されたとの事で、道路も整備され、街頭もついている。ただ、非常に閑散とした印象を受けた。
慰霊団予定のレストランに着くが、約束していた現地ツアー会社が来ない為昼食のバウチャーが無く引率のI氏が全て立て替える事のようだ。
日本の施行会社へ電話をかけてみたが日曜で誰もいないとの事。
いやはや初日からトラぶりまくりである。


バタバタと食事を終え、近くにある「ココポ戦争博物館」へ行く。
ここの紹介はネット上でも数件見られるが、慰霊団の手記が多く展示物を中心とした紹介は行われていないためさほど期待はしていなかったが、先述の「一式陸攻操縦席」をはじめ希少なコレクションが多かった。(もっとも興味の対象にもよるが??)一式陸攻の操縦席はI氏の写真集の物からどうやったらこのように破損するのか分からないが、上からかなり大きな力が加わったとみえて操縦席上部が計器版の下までペチャンコに潰れていた。
しかし操縦桿(但し支柱のみ)ラダーペダル等は残っており、全体のボリュームは分かる。丁度軽のワンボックスカーのようなボリュームだ。
あと一式陸攻の主脚が数組あった。
あと目玉(?)の零戦も破損が酷く、すでにゴミの仲間入りしそうな感じであった。ここには大量のすでにゴミにしか見えない大量のパーツが運び込まれている。
裏にはには約1機分のB-25と思われる機体があるし、機銃や主翼が未整理のまま散在している。
事務所には日本機の計器版(一部)もあるがいずれも状況が劣悪で、展示物として今後も保存されるのかというと疑問である。


その後大発洞窟(左)へ行く。
これは山の麓にトンネルを掘り、大発の格納庫としたもので現在も全長20mほどの大発3隻が格納されたままになっている。

なぜ、山の麓にあるのかが疑問だったのだが、かつては線路が海まで引いてあり出し入れをしていたそうだ。
(・・・・と言うのはまさにその作業を指示した陸軍船舶工兵の方が慰霊団におり、後日当時の話を聞くことができたのだ)


花吹山の対岸に位置する西吹山も94年に大噴火しており一帯は未だ壊滅状態のようであった。特に道路は火山灰の堆積が酷く、対向車とすれ違うたびに「西飛行場から飛び立つ陸攻隊もかくや?」と思わせるものすごい砂煙が舞い上がる。西吹山を超えてしばらく行くとラバウルの街に入る。
ラバウルのはかつて太平洋の宝石と言われるほどに風光明媚な所だったらしいが、正直、町の中に入って愕然とした。建物はまばらで廃墟が目立ち、路面もガタガタに荒れている。

おそらく、かつてはメインストリートの名物だったレインツリーがかすかに残る限りで、「爆下に描く」に描かれたラバウルとは程遠いものだった。

町外れに近づき荒野と呼ぶにふさわしい場所に「ハママスホテル」はあった。
とは言え94年まではこのあたりは官庁街で大きなショーウィンドウの店が軒を連ねていたと言う。
現在は荒野の(廃墟の)一軒宿である。


ハママスホテル


部屋は、一般的な設備は整っており、シャワー(湯船が無いが)トイレ、テレビ、冷蔵庫、エアコンに扇風機と一通りある。ホテルのレストランは中華で、味は悪くない。
中庭にはプールもある。
夕食は慰霊団にまぜてもらって円卓を囲ませてもらった。(後から気づいたらほんとに混ざってしまった事になり、タダ飯を頂く結果となってしまった。ラッキー!?)
夕食時、パソコンに入れて持ってきた陸攻の資料をもとにE氏に聞く。(やっぱり持ってきてヨカッタ!!)


ホテルの部屋

<その時の話>
・92式照準器の記憶は無い(照準は指揮官機が行うので個別の照準は必要なかった)
・90式は水平爆撃作戦毎に取り付けた。照準器席に椅子があり座って覗ける高さだった
・前部の銃座は風防が回転しなかった。
・留式の弾薬は木箱で機内に持ち込んだ。
 弾薬は機銃のそばに置いていただけで揺れれば当然動いた。
・偵察員は副操縦士の背後に立ち、座席につかまっていた。
・航法机はタミヤの模型と異なり後ろの壁まである大きな木製だった。
・機内はさほど揺れなかったので航法の作図に支障は無かった。
・洋上での偏流測定は白波を利用した(白波の位置は変わらない)。
 一瞬で消えてしまうのでコツが必要だった。白波が見えない時は六分儀を使用した。
・1度のずれで1時間飛ぶと120kmの誤差を生じたので偏流測定は重要だった。
・何故か陸軍の飛行機は航法が出来なかった。
 一度、海軍で訓練を行ったがどうしたことか出来なかった。
・西飛行場は離陸するたびに火山灰が舞い上がり、
 次の離陸に10分ほど待つ必要があった。その間編隊は上空を旋回し待っていた。
・離陸を待つ間機内はさほど熱くはなかった。
 なぜなら防暑服1枚で救命胴衣もしていなかったから(!)。
・飛行帽は冬用を使用していた。上空は寒いので飛行帽は毛皮つきだった。
・飛行服は機内に持ち込み着替えた。電熱服はつんでいなかった。
 結構じゃまだった(18年9月)

その他山本長官機発着地の謎についてI氏に聞いた。
・当日の長官機となる一式陸攻は西飛行場で荷物を積み、
 東飛行場で長官を乗せ飛び立った事が当時側近者により証言されている。
 また、ハママスホテル近くにあるヤマモトバンカーは観光上の呼び名で当時長官は官邸山 にある屋敷に滞在していた。(これは日映の従軍カメラマン吉田一の手記にもある)。

食後、早速インタ−ネットの接続を確認しまずはメールチェックをと思ったのだが、どうもうまく行かない。あと家にも電話をしなければならないし、明日からのガイドとコンタクトを取るため、今回旅行の手配をしていただいたN氏(当日N氏はニューギニア本島のマダンにいた)にも連絡をとる必要がある。
ところが、国際電話はもとよりマダンへの市外電話(海をまたぐけど・・)もかけられない!。
どうやら外への通話が出来ないことがわかった。(その後ホテル内の通話もできず全く発信自体出来ないことが分かった)。しょうがないので、フロントへ行き電話が壊れている旨つたえ、レセプションから日本とマダンへ電話をした。
インターネットがつながらないというのもなんか不安だが、ま、仕事関係で気をもむような情報が入ってもしょうがないので・・とあきらめる。
気を取り直し荷物を整理し、ビデオカメラ×2、デジカメ、パソコンの充電準備をする。
電圧は怪しいので念のため成田で変圧器を買ってきたので根元につけそこから蛸足にした。
ところがーである。業務用のバッテリーチャージャーに電源を入れ、今日消費したバッテリーを入れふと本体に触ったら「ビリリ!!!」と感電した。
汗だくで指が濡れているせいかと思い、拭いてからもう一度触るとまたもビリリと感電した。これはいったい?????。
まあ、痺れまくったとしてもちゃんと充電できれば問題ないですけどね・・・。
と、数分部屋を片付け、ふと先程のバッテリーチャージャーを見るとすでに充電完了の緑のランプがついている・・・。
なんか変だ・・・???。一度バッテリーを抜き、再びスロットに差し込むと電源ランプが僅かに明滅し充電完了となってしまう。
怪しい!
怪しすぎる!

動作テストをするがやはり数分で切れてしまう。
初日にしてこの不具合。
波乱の予感

「今日も一日いろいろあったなぁ〜」


(5/3)急げ!準備

ラバウルへはいよいよ明日出発だというのに、例のごとく忙しくな〜んも準備が出来ていないと言う有様。しかも昨日も昼から徹夜の現場作業が入ってしまい身動きとれず。とりあえずカメラ、バッテリー、テープ、ノートパソコン、パスポートをつめ、業務用の三脚を入れて・・・。準備完了???。
「ハ」の字がたコンセントは明日成田で買うとして。
そうそう、撮影するのにコンテが必要・・と言うわけでコンテ134ページの縮小版を印刷して、ハリガネで止めて製本して・・。一式陸攻の資料をPDFにしてパソコンに入れ、念のため計器装備標準など旧軍関係の資料をHTML化したものをコピーして・・・。
あ、ニューギニアのプロバイダをチェックして(ポートモレスビーとマダンにしかない!!!)。
東飛行場の墜落爆撃機調査のため97重爆と100式重爆と一式陸攻の比較図面を作成して・・。
念のため零戦の各型式の図面をまとめて印刷してスケッチブックに張って・・・。
万が一、塗膜の残った残骸に遭遇したときのためにカラーリファレンスも持って・・。
暇つぶしの本を入れて・・(従軍ムービーカメラマンと画家の戦記「サムライ零戦記者」と「爆下に描く」をチョイス)。
これまた万が一、現地で中攻隊関係者に会った場合にそなえてヒアリング用のボイスレコーダーを持って・・・。
そうそう、暑さを体感するため海軍の防署衣も持っていこう。
現金は5万くらいでいっか・・・?。
しかしカードって使えるのだろうか????

・・・・こんなもんか????。
こんなもんにしとこう。

もう、あとは現地調達!!!!!


(4/29)大どんでん返しでキュ〜!

3時間仮眠を取り、コンテのチェックを行う。
セットもチェック。すぐにすっぽ抜ける操縦桿が気になり床にガムテで止める。
今回、音声は同録で行うため機内にマイクをセットし延長ケーブルでカメラへ接続する。

本日撮影予定のコンテをコンビニで5部、コピーを作成し、台詞にマーキングを入れたところで
12時。あと1時間でスタッフ、キャストが揃うはずだ。
昨日深夜の情報では多忙のため参加できないはずだったALeX氏が仕事をキャンセルし参加出来るらしい。

その時「ピロロ〜ン」・・とメールが来た。
マロンマン役のジェームズ氏からだ。今回台本の翻訳も担当して貰っており、今回撮影の「大尉」役も彼の紹介である。・・・・んで、何かと思いきや!

「今回撮影予定の方が急病で参加不能」・・とのこと。


ひゅるひゅるひゅる〜がああああああああ-------
んんんんんん---------(擬音:以下略/気を失って数回倒れる)

・・・・・しかし、生身の体ですからしょうがないです。
すぐ、来社予定のメンバーに撮影延期を連絡しました。

結局、ジェームズ氏、ALeX氏、集まってオタクな話題で盛り上がって解散となりました。
次回はいつになるのやら・・・。
ま、部屋がきれいになってヨカッタですけどね。


(4/29)撮影準備

日中は30日の撮影に向けゴミに埋もれていたF-4-Fを発掘し、撮影できるように部屋を片付け、
頼まれモノビデオの内容確認とやり直し数本・・・等々で暮れていきました。

その1:作れ!M-450 サマ〜フラインングヘルメット



劇中、2人の米海軍航空隊パイロット(大尉とマロンマン)が出てきますが、映画で飛行服と言うのはやっかいで、飛行帽、ゴーグル、酸素マスクの完全装備では誰が誰だか分からなくなってしまいます。
(パールハーバーでも主役二人のカットが入り乱れる飛行中は飛行帽もゴーグルも無しでしたね。)

誰が誰だか・・では困るので、考証はさておき酸素マスクは止め、飛行帽も外観を変えることにしました。マロンマンはワイルドな人なので・・と言うか全身茶色なのでマロンマンなのですが海軍のAN6540ヘルメットを使用しています。海軍の装備はホント希少で暫く米国で張ってみたのですが入手できず結局ナゼか香港のコレクターから譲って貰ったものです。

もう一人「大尉」は小学生の頃見た「ミッドウェイ」の印象が強くM-450サマーフライングヘルメットと決めていました。
M-450は様々なバリエーションがあるのですが、これまた希少で国内の軍装品屋数件に当たってみましたが海軍モノ自体無く奥さんに作ってもらうことにしました。裁断の見本にしたのは、たまたま実物を持ってた陸軍のA-9で、イアーキャップは秋本君に粘土原型から石膏型を作ってもらいラテックスで整形しました(ホントは革製)。特徴的なアゴヒモも粘土原型で作ろうかと思っていたら、前に取引のあった米国人から「イアキャップ無しのM-450があるけどいる〜?」・・とのメールが来てすかさず入手しました。とは言え、やはり映画「ミッドウェイ」の印象が強く「鏡餅」みたいなイアキャップが無いと格好悪い(?)ので、アゴヒモだけ実物使用し後はハンドメイドとしました。
〜マァ、こんな訳で映画の考証なんて変わってしまうわけですね。

その2:F-4-F 化粧直し



子供部屋のF-4-Fは前回の撮影のまま放置されていたのですが、今回の「中尉搭乗機」にするため塗装をやり直しました。・・・と言うか、「マロンマン搭乗機」の撃墜マークを剥がしたら然るべくして塗膜がベロベロ剥がれてしまったのです。
その後、剥がしてあったグリーンバックを張り直し、暗幕を張り直し、照明を取り付け・・・とりあえず準備完了です。

その3:ストロ〜マイクが無いっ!



そんなこんなで日も暮れて、衣装を準備してたら 一緒にしてあったストローマイク(ノドに付けるマイク)が無いことが判明!ガ〜ン!

急きょ、前に館長から頂いたT-30を修理して使用する事にしました。
いやー2個あってヨカッタ!
ネックバンドとネックピースを繋ぐウレタンが切れていたのでドリルでマイクに穴を開けタッピング止めし、欠損していたクリップをハリガネで作って取り付けました。
う〜ム・・・こんなもんか?????

これで準備完了。
ああ!もう午前4時・・・コンテをチェックは仮眠してからにしよう・・・。


(4/28)アラマント社ラバウル現地ロケ1

昨晩はゴールデンウイ〜ク突入前夜にして徹夜1日目。
勿論映画の準備ではなくて、例の頼まれモノビデオ制作継続。
ダビングは概ね終わったので今度はVHS版/DVD版のパッケージ制作。
デザインの構想は出来ていたので準備した素材を使いチャッチャと作って印刷開始。
ところが、毎度のことで問題発生。
DVD版の表紙側のプリントが何度やっても「メモリー不足で印刷できません」・・・とのダイアログが出て印刷途中で排出されてしまいます。
たった5MBのデータなんだけどな〜。張り込んだ写真の何れかが壊れているのかと、1枚ずつ削除してテストすると・・・全ての写真が該当!。
ナゼヨ!!!。
原因究明してる内にケース裏のデザインと分けて、1ページずつ印刷したら印刷できることが分かり、とりあえず行程を2回に分けて印刷することにしました。


ホントは原因を知りたいけど時間がないので検証は後回しにて作業続行。
平行して、裁断と折り込みをして・・・パッケージに入れてたら徹夜2日目の夜が明けてしまった。

朝日で体内時計がリセットされるらしいので、朝日がガンガン入る風呂で朝風呂。
「う”〜リセットサレタァ〜〜〜〜」

日中宅急便が来て、ラバウル行きの旅行詳細とビザを取るために提出したパスポートが戻ってきました。
出発1週間前ですからホント・・・・間に合ってヨカッタ。
バイオのバッテリーも到着。

旅行にはデジカメデータの吸い出しにバイオC-1を使ってますが、「バッテリー低下時のシャットダウン」を設定していなかったのが原因か2本もダメにしてしまい今回買い換えることになってしました。
Macならこういうことは無いよな〜と思いつつ・・
なんと1本!3万なんだと!?

大出費!
Macならこういうことは無いよな〜


(4/23)どうなっとるのか????軽量DVD-R

やっと、頼まれ物ビデオ編集終了!あとは40本ダビングして、パッケージを作って箱詰めするだけです〜。加えて今回はDVDによる納品があること!メニューを作ってエンコードして動作テストして量産すれば終了じゃ〜ん!!!!!。
90分のビデオも通常のダビングと異なりDVDならば20分で終了ですから楽じゃ〜ん。

なんて思ったら大間違い!
数枚焼いたところメディアの問題と思われるエラーで書き込みが中断してしまいました。
ディスク不良かと思い、何度か交換したのですが高い頻度で書き込み不良となってしまいます。
1枚1080円ですから馬鹿になりません。
再起動を行い、動作確認の後再度挑戦しました。
しかし5枚に1枚程度の確率で書き込みが中断してしまいます。
ディスクは大手mxl社製です、しかも予定枚数+予備で20枚、2万円相当を支出しています。
ソトウェアの問題かドライブの問題か・・・三菱製ディスクを数枚作成したことがありますがこのような問題は発生していません。
締め切りが近いので万一を考えApple 純正ディスク3箱15枚をAppleストアから注文しました。
この時点で1万円を超える赤字・・・・・しかし時間がないのでダマシダマシ使ってなんとか15枚を完成させました。

念のためプレステ2で動作確認をすると・・・・・何たることか!
「ディスクを読み込めません」のエラーが続出!!!!
松下製やMastak(リージョンフリー)製プレーヤーでも状況は同じでした。

結果的に成功9枚!失敗11枚との散々たるありさまでした。

愕然としているところにAppleストアから純正ディスクが到着(やたら早い納品でビックリ)
早速使ってみました。

結果、成功7枚!失敗0・・・でした。

と言うことはディスクのせい?????なんたる事!
それならそうと

「このディスクは使えないことが多いです」とか
「極力データを書き込まないでください!」とか

書くべきでしょう?!買わないから!。
mxl社の今後に期待して全部ml社へお返しすることにします。
ズバリ大損害デス。
書き込み不良分だけでも「うまか棒換算」で550本に相当します
とても食いきれるものではません!。

双方のディスクを比較して気付いた事〜

Apple製 :1枚 600円/厚くて重い/書き込みの失敗無し
mxl製:1枚1080円/薄くて軽い/成功率75%

そんな事です。
参考までに。(涙)


薄くて軽いのはダメって事ですか。
そう言えばCDでも似たようなことあるね。


(4/21)海軍航空隊のとりもつ縁?

再び頼まれもののビデオ制作が山場で週末は徹夜です。
昨日からケーブル経由のインターネット接続がダウンしておりサポートセンターへ電話をかけまくっていたのですが、サッパリ繋がりません。
2台とも同じ症状なのでモデムからプロバイダまでの問題だと思うのですが・・。
常時接続が普通になるとネットに繋がらないというのも何とも気分が悪いですねぇ。

現在作業中のビデオの他にも3/30に撮影を頼まれたサバイバーパンクス公演のビデオもボケボケしてると1月が経過してしまいます。いや〜正に嵐のように時間が過ぎ去って行く〜。
・・・・とも言ってられないので、幸いにも発生した(?)修正レンダリング時間を利用してダビングし発送用に箱詰めしました。
コンビニに行こうとしたときドアホンが鳴りました。誰かと思ったらプロバイダのサービスマンではありませんか!電話もしてないのになんで判ったんだろう??????

そうしたら(当たり前ですが)トラブルを察知して来たわけではなく、回線切り替えのため交換器の更新にきたのでした。なんたる偶然!ちょうど良いので接続不良も見て貰いました。すると、意外なことにモデムのランプで見る限り正常に通信が行われているため局内の問題との疑いが出てきました。しかしウチの町内全体に障害が出ているわけでもなくウチだけの問題ですから謎が残ります。とりあえず夕方ネットワークの専門家をよこして貰うことにして別れました。

これでは宅急便も出しに行けないし、作業を始めてレンダリング中に来て貰っても困るし・・・・思いがけず作業が中断してしまいました。

そして夕方、キッチリとした出で立ちでサポートの方がやって来ました。作業場のある屋根裏は冬でも室温20度を切ることが無く、今日などは30度近くあります。しかし、流石プロ、パチパチとi-Bookをはじき出た回答が、4月に行われたプロバイダの合併によりMacの方で切り替え設定をしたが「DHCP参照」に設定するとナゼか前のプロバイダへ繋がってしまう・・と言うこと。しかし、原因不明。接続している2台のMac のウチG-3は手動で設定することにより接続可能となりましたがG-4の方はナゼか接続不能に。

とりあえずG-3側でメールが使用できるようになったのでとりあえず良しとして、プロバイダ側での調査となり回答は翌週と言うことになりました。

ところが大したモノで、翌日また違うサポートの方が来てくれました。今度はMac専門との事でネットワークモデムを交換しサッサと設定をして復旧してしまいました!ウ〜ムよく分からないけどスゴイ。

この方がまたおもしろい方で、作業途中の画面を見る成り「ビデオ編集ですか!」と・・言う話題になりMac話と海軍航空隊話で盛り上がってしまいました。また、スゴイ才能の持ち主で作曲演奏はまさにプロ!これは是非今後とも宜しくお願いします!!!!・・と別れました。

人の縁ちゅうのはおもしろいね。


(4/14)クマの結婚式

資料館の打ち合わせの後、5時間かけて浜松まで車を飛ばしクマの結婚式へ行って来ました。
クマと行っても熊じゃなくて「あの」メトロポリス作監のクマです。
そうなんです。ついに結婚ですって!
ホントいい奥さんで・・・よかったっすねぇ!・・・よかったっす!。
コージくんとも会えたし。コージくんは「機動戦士ガンダム 第08MS小隊」作監で最近は「はじめの一歩」のキャラデザインを担当されてます。
スゴイなぁ〜。
しかしアラマント的にはコージくんの奥さんの、それまたお父さんがスゴイのです。
なんと元「飛龍」のパイロットだもんね。
飛龍ですよ飛龍!「キ67」陸軍航空隊4式重爆撃機の飛龍です。
(当時は「キ67」と呼んでいたようですね)
陸軍重爆隊の戦記「消えた足跡」と言う本を出版されています。
今度、是非お会いしたいです。

それはさておき、式の方はつつがなく終わり、せっかく浜松まで来たので
航空自衛隊・浜松基地「浜松広報館」の三菱 零式艦上戦闘機五二型甲(A6M5a)は見逃せない!
・・と言うことで出かけることにしました。
地図で見ると式場からは僅か20km程だったのですが途中、道に迷ったりで
到着したのが16:20。基地の外周をしばらく行くと、セイバーの展示が見えました。
あれだ〜・・と近づくとそれは、分厚い正門に閉ざされた広場の奥でした・・・。
どうやら、よ〜くありがちな「入館は16時まで」というやつだったようです。

それならば・・と懲りずにさらに20km先の「東海地区最大の鍾乳洞”龍ケ岩洞」に向かいました。
到着すると16:55!。
受付の人に聞いたらまだ入れるとのことなのでチケットを買ったら、あとからバケツを持ったおじさんがどんどん煽ってきて・・・あまりにも露骨なので「スミマセン!!我々が最後だから付いてくるんですか?!」と聞いたら「ハイそうです」との返事。
平静を装ってゆっくりまわるつもりが結局ドンドン煽られて追い出されてしまいました。
出たとたんに「スミマセンが電気消しますよ!」・・と言うが早いか電気まで消されてしまいました。
スゴイ時間厳守な施設・・・・。

外に出ると売店や食堂はすっかり閉められており、敷地を出るときには帰宅する従業員と一緒だという有様ですからスゴイ時間厳守な施設・・・・。

年間の残業0時間だね きっと。


(4/13) 横浜無線通信資料館打合せ

アラマント社がホームページの作成を担当させて頂いている「横浜旧軍無線通信資料館」ですが、ここ数ヶ月で貴重な収蔵物がかなり増え、それに対応すべくページの更新をしなければならないのですが、今年始めに予定していた打ち合わせも延びに延びて今月やっと行くことが出来ました。
館長とはメールではたびたびコンタクトをを取っていますが、お会いするのは昨年の「零戦&温泉ツアー」ぶりです。
資料館へは開館式以来ですからはや1年ぶりになります。(ああ〜開館式のビデオも編集せねば・・・)いやはやホント時のたつのは早い。
掲示板の方では世界的にも希少な収集品が数多く集まったことを知っていましたが、久々に展示室を訪ねると1.5倍くらいボリュームが増えた感じがしました。
中でも目を引くのが「人間魚雷回天」の潜望鏡でしょう。新品同様で光学系にも全く曇りがありません。
資料館も1年の内に知名度も上がり様々な機器や情報が集まるようになったとの事で、サポーターとして嬉しい限りです。


館長の話はホント爆笑の渦なのですがウカツに書けない話ばっかなので・・・スゴク・・残念です・・・!!!!。
とりあえずはプライベートにストックしていただいて・・・いずれ発表せねばもったいないですよ!!!。


資料の不足していた「航路計」が展示に追加されていました!ラッキー。
そうか、航路計ってラジオコンパスのレフト/ライトインジケーターだったのですね。航路計と言う名前から連想して思いつきませんでした。

(4/10)ピカピカのいちねんせい

矢のように時が過ぎ去るのがここ数年の印象ですが、バブオさんも物理法則に則り(?)然るべくして小学1年生なのだ。「バブオ」のハンドルネーム(??)も返上か???。・・で、会社を休んで入学式に行って来たのですが、ビデオ、写真撮影可・・なのですね。すごい砲列でした。

「正門前でキュ〜ラインが出来てたりして!」と冗談を言っていたのですが、冗談じゃありませんでした。すでに50人以上が列を作っておりデズニーランドさながらです。すでに時間が迫っており受付をすまし体育館へ行くとすでに良い撮影場所は満席で記者会見並に整然とカメラが並んでいます。甘かった!。逆に「持ち込み禁止です!」とか言われるモノと思ってました。勿論教室でも取材陣なみ。負けました。


ながーい列に並んで撮った写真
やっぱ定番でしょう

自分の小学1年生当時の事などすでに忘れ果てて跡形もないのですが、学校側のアプローチに少なからずカルチャーショックを受けました。

ソフトなのです。
受付から教室への案内は上級生が行います。教室では教科書が配られましたが、学研の科学と学習のような構成で「これが遊びながら学ぶか!?」とビジュアル主体の構成に驚きました。
保育園は「クソガキはぶっとばす式」が当然と思ってましたがこれが小学校の運営方針なのでしょうか。

う〜ん馬鹿にならんですな。
校門での写真ですが、慣例に従い入学式終了後列に並んで撮りました。


(4/6 )免許切れパート2

今日は、年に一度の「銃刀法一斉検査」で警察署へ出頭しました。
検査会場で「あ〜今年も、クソ忙しくて1発も撃たなかったな〜」・・・・・と、毎年同じ反省にふけりつつ、ふと所持許可証を見たとたん。
ザ〜〜〜〜〜〜っと血の気が引きました。

1丁のライフルの所持許可期限が切れてるじゃないですか!!!!!
こって即ち「不法所持??」>「不法所持にて逮捕???」>>「書類送検又は投獄???」>>>「家庭崩壊?一家離散???母は病弱父は酒乱?????」・・・もうクラ〜ッと来ました。
ヨカッタ、家で「不法所持」に気付いたら持ち歩くことすら出来なかった!。

もう自らお縄を頂戴しようと係官に白状すると「ム!切れて20日か!50日たつと取り消しですよ!いまなら再申請できます」との事。
助かった・・かろうじて「不法所持」だけは免れた。
いや、もうホント・・最近余裕なくって!・・・って言い訳にはならんです。


(3/23)寒い!2002年第一回定例BBQ

今日、浦安の川沿いを原チャリでとばしていましたら、3月だと言うのに風はポカポカと暖かく沿道は見事な桜!・・・。
急きょ今シーズン第一回目の「アラマント社定例BBQ in 桜まつり!?」を開催を決定!。
早速、ホニョ家と秋山君に電話しメンバーを集めるとイトーヨーカドーへ買い出しに出かけました。
そこで見つけたのが珪藻土で出来た
「シチリン」(700円)です。
「珪藻土」というのは太古の植物プランクトンの化石で国内いたるところから出る砂ですが、それはさておき早速性能を検証してみると・・・!!!!!
何と言う着火性能!なんたる燃焼効率の良さ!いつもバーベキューコンロの火を安定させるのに1時間近くかかるのですが、あっという間に着火し適当な火加減となりました。
そして赤々と燃える炭をシチリンからバーベキューコンロに移せば実に便利!。

この優れた日本製品を広く世界に知らしめたいナ!と思った瞬間、偶然にも鉄砲の師匠であるカリフォルニアンのバッテン氏(仮名)が来日予定である事に気付き、いつも利用していると言うホテルに電話をしてみると案の定、「宿泊予約が入っている」との情報を得ました。
ホテルに伝言を「Will you dine with us.......かな? ま、いいや"晩メシ食おう!"・・と伝えてくださいガチャン!」(フゥ〜アセッタァ〜・・・)と頼みました。

果たして19時頃バッテン氏から電話があり2002年第一回定例BBQは開催されたのでした・・とここまではヨカッタのですが午後から天候がくずれ、小雨はぱらつくは寒いは、昨年最悪の企画と酷評された「寒空BBQ」(真冬に火を囲んで暖かなBBQの予定が全員凍えてバツゲーム以外何者でもない会となった)の二の舞になったのでした。

ひょっとしってバッテン氏が雨男か????

ともあれ、我が国の誇る(・・って日本製かどうか知りませんが)「シチリン」の威力を米国民に紹介できただけでも異文化コミニュケーション的に有意義な会でした。

メデタシメデタシ


(3/22)留式進行状況

留式の製作を(結果的に?)担当することになってしまった秋山氏から、部品の加工費用の連絡がありました。工具をそろえて自分で加工することを思えばはるかに安い工賃でできる模様でいままでの設計図以外に製作図を準備する必要があります。
米国で飛行機の個人オーナーが実機にブローニングやルイスを取り付けるために木製模型設計図なるものが12ドルで売っており、先日注文したのですがなかなか到着しません。
これが使えるレベルの代物ならそっくり作ってもらうんですけど、ちょっとタイミング悪し。
余談ですがこのお店、エドワーズ空軍基地近くの砂漠地帯にあるのですが去年渡米した際、(道に迷って?)そばを通りました。世間は狭い!。

追記>で、到着したのですがヒドイ代物。完成してもほとんどシルエットだけ・・の製作図です。しかも寸法はインチだし!(当たり前か?)これで12ドルは高い
こんなものホントに売れるのだろうか????掲載したいのですが「転載厳禁」だそうなので・・・。


(3/21)「92式2号爆撃照準機」入手

・・・で、結局落としてしまいました。
ありがたいことに私が入札していることに気付いて譲ってくれた方もいらっしゃったようです。
ううう・・・感謝感激。


売り手のJ氏もおもしろい方で(そのすじでは有名な方みたいです)
一式陸攻の珍しい部品も所有しているらしく早速メル友に登録(?)させていただきました。
対応も早く1週間とたたぬウチにデカイ ダンボール箱が到着!
注意深く梱包材を取り除くと、幻の「92式2号爆撃照準機」が現れました!
リアサイトの一組と水準器2個のうち1個が欠損している以外は新同品???の保存状態。
う〜かっこよすぎる・・・・。


その他。館長から「96式空3号叉は4号の短波帯主ダイヤルが出ています」・・・との情報でオーストラリアの骨董屋からチューニングダイアルもゲットしました。
皆様いつもご協力ありがとうございます。


92式2号爆撃照準機
矢印部分に付いていた

96式空3号又は4号のチューニングダイアル
館長によるとこのAssy だけ取り外すのは結構メンドウな作業らしい

(3/15) 深夜の出来事

「紺碧〜」で使用するプロップスの多くを米国のe-bayで入手していますが 、先日 陸攻マニア(私だけかもしれないケド???)であれば驚きのあまりその場で気を失う程の物が出品されました。
一式陸攻や96陸攻に搭載されていた「92式2号爆撃照準機」です。
「92式〜」はコース設定爆撃照準機(Course Setting Bomb Sight)と言う物で第一次大戦中に開発された物を改良、国産化したものです。
高名な研究家F氏によるとかつてe-bayでも出品された前歴が無く、出品者のJ氏も過去30年で見たことがないとコメントしており、相当高額になる事が予想されました。
照準機は最も人気のあるアイテムの一つであり、零戦に搭載された98式などは100万円以上が相場です。
スタート初期で、最低落札価格の様子見か、あるいは初心者が散発的に入札し$300程度で最低落札価格を超えることはなく止まっています。

この様子では一巡目は流れるか、ラスト10分で高騰するかどちらかでしょう。


・・・と見ていたら24時間前、気の早い人がマサカの$1000を投入!最低落札価格を崩してしまいました!。ダメじゃんかよう!そんな金額で落ちる訳ないじゃんかよう!。
賽は投げられた!高騰は必至です!。

ダメじゃんかよう!。


(3/13) 今年も誕生日がやってきた

あっという間に3月13日です。
今年も一つ年を取ってしまった・・・
3年前からの「誕生日はモンロービルで!」計画は今年も達成できず。
バブオさんも今年から小学校だし、長期放浪旅行も厳しくなります。
今年こそ確定申告を早期終了!・・と毎年思うのですが、今年も例年通り締め切り当日(・・かダメかも)の予定。

花粉症も今年は長期戦で未だ衰えず。

ラバウルロケの方は、出発を5月に決めました。場所的に怪しいと思っていましたらやはり、撮影目的の入国はフィルムビザが必要だそうです。(これまたとてつもなく高額!)しっかりしてますね〜。
以前エジプトで悔しい目に遭ってるのでハンディカムも持ってきます。
1人で持っていけるのだろうか???????。
友人の戦場帰りのVE曰(いわ)く、商用撮影の入国は結構厳しいらしいとの事。
・・・商用じゃ無いんだけど、池上のカメラはバラして持ち込むか・・。


(3/9)徹夜1日目!保育園卒園記念ビデオ編集

今年度最後の(????)山場、バブオさんたちの「卒園記念ビデオ」の編集に入りました。
只でさえ寝る暇のない数ヶ月でしたがまたも修羅場突入です。
もちろんボランティア・・と言うか「父母会」の職務として・・かな??勿論、無料奉仕。加工が必要な素材がやたらとある上にいざ具体的に構成を考えると足りない絵も出てきました。
「思いでの教室」とかノスタルジックな絵も欲しいな〜・・と言うことになり、一睡もする間もなく保育園の開くのを待って取材に行き・・。全景も欲しいな〜・・と言うことで隣の10階立てマンションの最上階へ階段を駆け上がりたりしてるウチに午前中は終わりました。
〜〜〜疲れるな〜〜〜。
アンド、修理に出していたエプソンのスキャナーの修理が終わったとのことで電気屋に引き取りに行きました。
このスキャナー、突然スキャン画像に縦の縞模様が入るようになり「完璧に死んだ!」・・と思い修理に出したのですが。原因はしごく簡単。フラットベットの先端部にキャリブレーションを行うエリアがあり、そこに異物が入り込むと縞模様が発生する・・言うのが原因でした。

言われてみればこのところ60年前の戦闘機のマニュアル等のボロボロの古文書(?)を何百枚とスキャンしてたので、確かに紙カスが相当侵入したはずです。
じゃあ自分で掃除すれば良かったわけだ。
なのにナゼかカバーを交換された上に1万円も取られてしまいました!

(技術料は7千円らしい)説明された原因からは納得行かない気分。

奥さんはと言うと、朝からバブオさんとデズニーシーへ終日お出かけ・・・。
昨日の食中毒騒ぎで「空いてるかも!」・・との目論見があって出かけたようですが、

さきほどOLC の株価掲示板によると結局、食中毒とTDSレストランとの因果関係は薄く
パーク内はいつも通りメチャコミらしいとの情報。
ご愁傷様でした。

それは良いとして今日も寝れそうにないな〜・・・。

話変わって花粉症の話。今年は暖冬のせいか長い!もう昨晩は仕事より鼻をかんでる時間の方が長いくらいで最低でも1リットルは鼻水と鼻血が出ました。
去年買った点鼻薬も効かなくなってきたので、他社製のモノを買いにいきました。
そこで見つけたのがスプレー式の「鼻の中洗浄剤」!。
ブワーッと洗浄液を吹きかけ鼻水もろとも異物を一掃する代物です。
「これだ!」・・とばかりに早速購入し試したところ・・・鼻水に加えて洗浄剤がジャ〜ジャ〜出てくるだけで別に鼻水は止まらんじゃないですか!。
効果無し!!!!!。

あ〜今日もいろいろあったなぁ〜。

園長先生にお願いして撮らしてもらった写真。さ〜あこれからアフターエフェクトでブリブリ動かすよつ!
・・・手を抜けば寝られるものの・・・抜けないのがオタクの性。

(3/6)ブナカナウはジャングルに覆われる

現地からの情報で、現在ブナカナウ飛行場(西飛行場)はジャングルに覆われ陸路での到達は難しいとの情報を得ました。
1993年に当地を訪れた蔭山次郎氏が記した著書「ガダルカナルラバウル慰霊行」では車で難なく辿り着いたように記されており、1995年(花吹山/西吹山大噴火の翌年)に訪れた「ラバウル最後の航空隊」著者 山口 高氏も町は壊滅的な被害を受けた様子が描かれる一方、草原と化した西飛行場の写真を残しています・・・。


一応、一式陸攻の離陸シーンの素材撮りの為、西飛行場での空撮用ヘリの手配をしておりますが、チャーター料金は時間割ですから着陸して撮影となると予算の増大が心配です。

「ラバウル最後の航空隊」には噴火後の描写で興味深い記述があります。
「西吹山の爆発により山は二つに割れ、火口は一つから三つに増え、周囲2-3キロメートルは不毛の地と成り果て・・・(以下略)」・・・・とあります。

果たしてどのようなことになっているのか?行ってみなければ判りません。

1993年の東飛行場、よく見かける写真で概ね「一式陸攻の残骸」と書かれていますが、97重爆じゃないでしょうか?主翼と窓枠をみるかぎり100式でもないし。パプアニューギニアのホームページでは「陸式一攻」・・となっているけどこれまたチガウでしょう!。
大噴火翌年1995年の写真。上と比べると1m以上埋まっている事が判る。もう一機、零戦(?)の残骸が原っぱに転がっている写真を見たことがあるが、この分だと完全に埋まっているはず。こちらも「一式陸攻の残骸」と書かれている。


(3/2) モンスターズインクを観る

初日最終にて「モンスターズインク」を見てきました。
日本語版だし当然貸しきりか?・・と思って行ったら、アマイアマイ・・・ほぼ満席でチビッコもワンサといました。夜9時の回ですよ!。
最近映画館も混むのですね〜。
内容は・・と言うと、サスガはピクサー!隙がないです。
トイストーリーやバグスもそうですがホント隙がない。
これが計算ずくだったら少し怖いきもしますが・・・・・おもしろい映画でした。

(3/1)ラバウル現地ロケ計画開始

「紺碧〜」の準備を始めて以来、多くの戦記物を読むことのなったのですが、映画に是非とも反映させたいのが南太平洋の気象や花吹山の描写です。戦記でも南方の気象についてのエピソードが多く語られ(積乱雲越えは命がけの冒険飛行でもありました)、ラバウルと言えば外せないシンボル的存在の花吹山です。開戦当時より幾度も爆発を起こし、滑走路を劣悪な状態に陥れた反面、索敵飛行の帰路、花吹山の噴煙を見て安堵の息をもらしたことでしょう。
・・で、花吹山やジャングル、空の映像素材集めのために南太平洋へ取材を考えており、映画の企画当初より機会があるごとに旅行書や旅行会社を当たってソロモン近辺を探してみたのですがラバウルを常時扱う旅行会社は見つからず、(なんと「地球の歩き方」にも無い!)日本から行ける南太平洋と言うとメジャーな所でタヒチくらいで、そのほかというと近場でグアム近辺と言う事でした。
しかしグアムではちょっと・・・

黄丸がポートモレスビー赤丸がラバウル
かつて日本軍は中央にそびえるスタンレー山脈を越えてポートモレスビーを爆撃したが
松本零士のマンガのごとく被弾した機体では山を越えられず多くの航空兵が命を落とした。

と海外ロケ計画は中断しておりましたが工程的にはCG製作に入る夏までには素材撮影をしておく必要があります。
そんなとき(いつもそうですが)フト思い立ちました。
「ニューギニア航空」で調べれば良いのではないか?・・と。
早速ニューギニア航空のホームページで調べてみると、なんたる偶然!。

今年4月から成田>ポートモレスビー直行便が出来ると言うではありませんか!!!!
スンゴイついてるジャン!。
ポートモレスビーまで行けば、とは国内線でニューブリテン島まで行けばいいわけです。
・・・そう!あのスタンレー山脈を越えて!。


・・・と、言うわけでラバウル現地ロケ計画開始です。
続報は次号を待て!・・だ。


(2/28) 戦闘配置解除

モルモルさんの長い長い発情期が終わりました。
通常1ケ月のはずが、年末から不安定で3ケ月は狂獣化していた事になります。
今シーズンの困った点は、興奮すると膨らむハズの尾が「通常状態」の事が多かった事でウカツに近づいて攻撃されることもしばしばでした。

ただ、いつもは緩慢なモルが通常の3倍強で動作しますから、なんとなく分かりますけどね。
それにしてもハムハムは襲いかかってくることはありませんので
やはりメスは大人しいのでしょう。


(2/25) ホテルミラコスタはいかほどか?

昨日は浦安は東京デズニーリゾートに燦然と輝く(?)「ホテルミラコスタ」へ泊まってきました。
ホテルのレストランで夕食を予約していたのでデズニーシーは早々に切り上げホテルへ戻りレストランへ向かいました。夜のショーはメチャコミのパーク内よりホテルから高見の見物を決め込もうと予約を入れたのですが、意外や上から見るとあんまし迫力がありませんでした。


翌日は、朝5時に職場へ行かねばならなかったので3時頃、一人ホテルを出ました。
・・・こんな時間にロビーをうろついてるとまるっきり「不審者」です!
悪いことをしてるわけではありませんが警備員に逮捕されないようにこっそり抜け出しました。
・・・・・・まったく。ゆっくりしたいヨ!!!!。


(2/23) 安達さん展覧会へおでかけ

今日は安達さんの第二回展覧会へ行って来ました。
勿論、写真では何度か見ていましたが、実物を見るのは初めてで あまりの緻密な加工に驚きました。造形に携わるモノの端くれとして大いに刺激になります。
年1度の一般公開で、人手に渡ってしまう作品もあるわけですからホント貴重な展覧会です。

帰りに、世田谷公演の梅まつりに行って来ました。
もう梅の季節なのですね〜〜〜。


満開の梅!もう春デス

(2/20) 今年も来ました花粉症

やって来ました。花粉症です。
鼻血も出っぱなしです。
毎年のことですから暫しガマンです。
そんだけ?・・って、そんだけです。

一応、このページは個人的日記兼健康管理上のメモ的役割も持ってまして・・・。

忘れてください。


(1/23)「フリクリ」にハマル


”使用した「フリクリ」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や再掲載は禁止されています。”

先日、撮影のため来社した米国人映像作家のジェ〜ムズ氏(仮名)が制作した「ジャパニメーションリミックス」に一際目を引くアニメを見ました。それは、音楽に合わせて編集されておりストーリーは全く分かりませんでしたが、その一コマ一コマにただならぬ拘りが感じられたのです。
このところアニメから離れてしまって詳しくはないのですが、絵柄からして「ガイナックス??」・・と思いHPを検索したところ、見つけました。
昨年発売されたOVAでタイトルは
「フリクリ」です。
すかさず DVDを6巻まとめて購入し、本日届きました。
結果はと言うと、ズバリはまりました!。
私のアニメブームと言えば「宇宙戦艦ヤマト〜未来少年コナン〜新世紀エヴァンゲリオン〜」ですから、久々に大ハマリです。
一気に全話見てしまいました。
一見軽そうな不条理物のようですが、かなり作り込んでます。物にしろキャラにしろ設定にしろ・・ズバリ、ビビリました。
それに引き替え「アトランティス」のスカスカ加減といったら・・・トホホ。

こんな大ハマリの「フリクリ」ですが友人に勧めたところ「ナニあれ?途中で寝てしまった」そうです。
あ・・れれ?。
ウケるツボが違うのかな???。
2話の演出のタイミングなんか何度見ても鳥肌モノですがねぇ・・・。


2002